明るい 6

文字数 1,241文字

 石畳を走ると膝に負担がかかる。筋肉は熱を帯びて、汗がその熱を取り除こうとする。芯は焼けるばかりに熱く、表面が氷のようにひんやりとしてきた。胸が迫り上がるように、酸素が足りない。だが、よくよく考えてみれば、スーツ姿のヤクザの柳田が俺ほどに走れるはずがない。速度を緩め、振り返る。来た道も明るく輝いていて、そこに白いスーツ姿なんて見当たらなかった。横隔膜が酸素を肺に押し込めと激しく上下していたが、柳田がいないとなれば、その動き、緩めても良さそうだ。足を止めて呼吸の早くなったリズムを破って、大きく息を吸う。
「待てコラ!」
突如としての柳田の声で、驚きで身を縮める。声は後ろからじゃない。声の方向に首を曲げると、建物の間に白いスーツの柳田が花道の演歌歌手のように光り輝いていた。太陽の光が真上から降り注いでいる。柳田は顔を歪ませて細い路地から産まれ出てくる。俺は再び走り出す。先の方に高架線路が集まっている。大きな駅が見えてきた。三ノ宮駅だ。駅に入れば、高架にはみ出る銀色の電車に乗れば、ここから、恐怖の柳田から逃げることができる。三ノ宮駅に行くには道路を渡らないといけない。目の前の歩道はもう少しで大きなショッピングセンターの前を通ることになる。そこには庇がかかる。薄らとした影だ。ようやく影が見えた。しかし、その影は街中が明るいから、あまり暗くない。でも、そこに潜り込みたい。ほんの少しでも太陽から隠れたい。じゃないと、柳田から逃げ切ることができないじゃないか!
ショッピングセンターの端までくると、もう少しで日陰に入れるところに届こうとした時、ショッピングセンターからお客が流れ出てきた。広い歩道だが、これでは走り去ることができない。
「待てコラ!」
庇の下の人のバリケードの中から白いスーツの柳田が現れた。あいつは後ろから追いかけているんじゃないのか?振り返ることもなく、ちょうど横断歩道の信号が青になったので逃げるように道を渡る。六車線の道路を白い横断歩道が伸びている。俺が走っているからか、横断歩道を渡る学生、主婦、老人、サラリーマン達が道を開けた。みんな神戸の住人に違いない。服と人物のズレがないのでシルエットが美しく見える。もしかしたら横断歩道の白線がステージになって、そうみせているのかもしれないし、異様に明るい日差しが、照り返しが、街全体の白さがそう見せているのかもしれない。
 道を渡ると線路高架下になる。相変わらずこちら側も歩道が広い。高架下の店は最低限の装飾しかされてなく、大阪の高架下のようなションベンがかかったような薄暗さがない。これは何の違いだろうか?それに、店は今日に限って閉まっているのか、ほとんどがシャッターが閉じられていた。まるで申し合わせたように逃げ場を無くしたようになっていた。だから、俺は、前に進むしかなかった。だが、道路を渡ったからには、柳田も直ぐには追いつけまい。肺の膨らみと腹の往復運動が合わなくなりつつあった。ちょっと休もう。
「待てコラ!」
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