ガイコツ2

文字数 1,375文字

 警報の音は、青々とした夏の山に反響し、太陽に熱された青く輝く海に消えていく。穏やかな景色を引き裂く警報は、穏やかな景色の意味を変形させる。直人には、生まれてこの方、それが日常になっていたが、日常となっていたとしても、嫌だった。何か楽しいことがあっても、その音が、脅しのように響いてきて、それを引き裂く。慎太郎も、いつものことだと思いながらも、何か緊張を強いられるようでストレスになってくる。
 「そろそろ、いのうか。」
 慎太郎が直人に帰宅を促す。目の前に開かれた太平洋は延々の潮騒と果てのない広さと、黄金のように煌めく海面を展開ていたが、それが、さっきの警報で、海の唸り、そこのない大きな恐怖に変わってしまった。音がスイッチになって、景色の意味を変えてしまう。二人とも問題ないと思いながら、海に背を向け、ガイコツザウルスをじっと見つめる。ガイコツザウルスは金属の鈍い光で熱を帯びて、その存在感を十分に発揮する。慎太郎は、ガイコツザウルスを仏像のようだと思ったことがある。人が作った巨大な建造物が、人の力の結集になり、人の思いの拠り所になるのではないか?と無意識に考えたことがある。馬鹿げた考えだと理解しているので、誰にも言うことがないし、子供の直人にも言うつもりはない。しかし、海の意味が変わった時、人工の巨大な金属の建造物は、頼りになるに違いない。直人もずっと見ているガイコツザウルスに、慎太郎に似た考えを持っていたが、それはもっと幼稚なものだった。
 「おかえりなさい。じいちゃん、カゴ持ってきて。」
 家に帰ると、直人の母、樹里と、慎太郎の妻、陽子が納屋の前で山本家の畑で採れたピーマンとトマトとナスを並べていた。組合にも参加していたが、樹里がネットで野菜を販売している。定期注文の「奈半利のお野菜便」の仕分けをするのだ。直人も帰るとすぐに、組んだ段ボール箱に紙の緩衝材を敷いていく。そこに青々と輝くピーマン、真っ赤で、まだ少し硬いトマト、絵の具より鮮やかな紫色をしたナスを詰めていく。二十箱の段ボールが庭先で詰められていくと、頃合いよく宅配便の集荷トラックがやってくる。陽子が作業を止めて、コップに入った冷えた麦茶を宅配便のドライバーに渡す。ドライバーは断りながらも、結局は冷えたグラスの表面についた水滴に逆らうことが出来ずに、お茶を一気に飲み干す。冷えた液体が体の中から熱を奪う。もっとゆっくり飲めばいいのにと陽子はいつも思う。まだ段ボールの箱を閉じてないし、行き先伝票も揃ってない。
 「えいよ、待つきい。」
 ドライバーは次の集荷を全く気にしてなかった。暖かなところ育ったならば、時計の針は緩くなる。ドライバーは、十分ぐらいかかりそうだと、観念してトラックの座席に戻った。それから仕方無いようにラジオをつける。
 「・・・以上、四万十のヒーローさんからのお便りでした。山は危険がいっぱいですからね。お疲れ様でした。さて、危険といえばですね、今日の南海トラフ地震情報の時間です。百年に一度、来ると言われる南海トラフ地震。もう、そこまで迫っていると言われています。今日、今から起こるかもしれないし、明日起こるかもしれない。今日は避難について、南海大学の地域コミュニケーション学部の吉竹助教授にきてもらってます。吉竹先生、今日はよろしくお願いします。」
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