明るい 1

文字数 1,256文字

明るい要害 ・神戸市

 見上げると空がやたらと広く見える。だから街中が明るい。

 日陰が街から意図的に排除されていることも考えたが、誰がどうやって排除したのか見当もつかない。おそらく南に開けた街全体の傾斜が影を消し去ってくれているのだろうけど、そのためか、建物の影、艶のない灰色の建物が作り出す深い闇が目に入ってこないのだ。
 通りに待ち伏せる影は、必ず闇に繋がっている。
 不意に立ち止まって、ぼんやり、しかし、じっと見ていると、闇は光を引っ張り込むように引きずって、光が照らした形を飲み込むように消していく。でも、ここには闇が少ないから、何も無くならない。どこにも隠すところや隠れる場所がないのだ。
 俺は闇からやってきたから、闇が恋しくて、白っぽいコンクリートの建物の間、ガラス張りの古い商店の軒下、足元の溝などに闇を見つけようと忙しなく視線を動かすが、この街にはこれといった影が無いのだ。街は人を隠す機能を持っているはずだけど、神戸の街には簡単に人を隠すことができない仕組みがあるのかもしれない。あと、街に人は多くいるが、他の大都市のように無秩序に溢れていない。どこか整然としている。密かに通りに人が溢れないような規則が出来ているのかもと思ったが、神戸市中心部の都市計画書に「人が必要以上に溢れないように時間的滞在棲み分けを行う」などの公式な記載があるようには思えない。あの阪神大震災前はもっと、街が迷路だったのだろうか?と考えようとしたが、消え去った形の復元に想像力を働かせたところで、現状の空間把握された頭の中には過去の風景は歪に映るだけだ。頭の中の写像なんてあてにあらない。
 頭上に空が大きく広がるから光が地面に直接届く。だからこの街は更地の眩しさ、土というより、砂が光を反射させるキラキラとして尖った眩しさに溢れている。ミミズやダンゴムシのように闇に潜んで生きてきた俺にとっては、どうも居心地が悪い。光が景色を彩るほどに溢れているから、時折海から微弱に吹いてくる潮風にさえ空の色である淡い青色が着いているように感じてしまう。
 明るさの謎を探るのに街を見渡す。気がついた点として、圧迫するような極端に背の高いビルがない。どこも十階もない低めの小さなビルが、お互いに影を映さないように並んでいる。歯並びで言えば整然としてないが、しかし、決して歪んでいない。なにしろ、ゴチャゴチャとした建物の混乱が見当たらない。あの、建物が折り重なることで出来る薄暗さ、よくわからない影、闇を作り出すジャングル模様のコンクリートの乱立、意味不明の出っ張りの間抜けさ、錆びた手すりのスリルがどこにも見当たらないのだ。
 だいたい、街の闇は住人の隙である。そこに紛れてしまえば欲望から発生する悪事は白昼に出ない。それどころか無かったこととして葬り去られる。街の闇は都合が良いのだ。しかし、この街には、その都合の良い隙がない。知らぬ間に完成されているようだ。
 俺は、明るさに緊張しつつ、かろうじて出来た薄い日陰の細い路地を降りて抜ける。
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