明るい 3

文字数 1,349文字

しかし、この神戸の街で、やらないといけない仕事がある。ここで成功させて自分が同業種の中では一段上にいることを知らしめなくてはならない。これは俺の意地だ。
 眩しい通りを歩く。街の隙を探し出そうと観察しながら、しかし、同時に隠れる場所を探していた。道路幅はそうでもないが、とても広く感じる三叉路に出た。目の前に大丸百貨店の建物。この町では近代的で大きな建物に違いないが、よく見ると古いデパートを小綺麗にしたハリボテにも見える。しかし、それは日の光を浴びて権威さえ纏っている。ただお客さんが大量に出入りしているようには見えない。洗練されてはいるが、地味で活気が無いように見える。大丸は三叉路の真ん中に位置し、右と左に道が流れるように伸びている。右は道の先が真っ青に輝いていた。海へ続いているからだ。左は実のところは一方通行の細い道と太い道に分かれていて、本当は四叉路と言うべきだが、その細い道は大きな形を把握するのに説明する必要がない道のように思えた。だからここは三叉路という形式になるのだ。実在しているが些事である存在が街にある。それは機能しているが、無視されている。まだ、この街にも隙があるように思えた。隙があるのならば、仕事に支障がない。
 さっきから揚げ油のいい匂いがしている。小さな精肉店の店先には行列ができている。並んでいるのは神戸の住人と観光客だった。派手ではないが小綺麗なのが地元民、派手ではあるが、シルエットが崩れているのが観光客。街を観察すると、色々と気がついてくる。
ぐぐぐぐぐ
 腹がなる。考え事をしてても、時間になれば腹が減る。行列の先を見ると。白い割烹着の店員が小さなコロッケを売っていた。観光客はその場で食べるように一つ二つと買っている。小綺麗な地元民は大きな袋に入れて持ち帰りで購入している。並ぼうかと悩んだが、20人ぐらいが常時並んでいる。美味しいに違いないが、行列などに参加すると、誰かに覚えられてしまう。
 多少後ろ髪を引かれたが、コロッケを相手にせず、海方向へ進む。横道に小さな通りだが人がごった返す場所。入り口には読めない漢字が書かれた自動販売機が並んでいる。神戸中華街だ。狭い通りに人が溢れていて、両脇には屋台のような中華料理店が並んでいる。行き交う人の多さに、自分の存在を埋もれさすにはもってこいの場所だと思い、人混みに紛れた。
 軒先には豚の角煮や中華饅頭などがゴシャゴシャと並べられ、中国人のおばさんたちが
「安いよ、これ、出来立て、店の中も今、空いてるよ。」
と誰に言うこともなく喋り掛けている。通りゆく人たちは足を止め、食べ物を見て、中国人のおばさんの説明を目を見ることなく聞き、店に取り込まれたり、去ったりしている。さっきの表通りと違って、活気とだらしなさに溢れている。ここは隙だらけだ。ここなら仕事の対象になるのかもしれないと考えたが、おそらく結果は大したことにならないだろうし、ましてや、失敗した時のリスクは大きいように思える。とりあえず何か食べようかと思い、一番人が少ない店に足を止めた。」
「おにーさん、今なら、座って食べられるよ。唐揚げ、角煮、ラーメン、なんでもあるよ。」
 よく太った中国人の女店主が早口で捲し立てる。値段を見るとすべて五百円も行かない。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み