ガイコツ5

文字数 1,303文字

「また、昼間から飲んできちゅう。」
陽子が呆れたようで、しかし強めの言い方で息子の義政を責める。その声は大きめで、家の中にいる樹里にも聞こえる仕組みになっている。樹里はその茶番にウンザリした。叱れば改善するのが当然のはずだが、ずっと同じことを繰り返している。それに、樹里からすると、夫の義政が昼から飲んでも構わない。ただ、蔓延する鬱積に対する逃げ道を義政が持っていることに若干イラっとする。だから真っ先に玄関に迎えに行かない。愉快な酔っ払いを見たところで、そこにカタルシスなどないからだ。
「おーい、帰ったがじゃ、樹里、どこにおる?」
酔っ払いの赤ら顔に呼びかけられても、聞こえないふり。その様子に陽子が焦り出す。(樹里はいいお嫁さんだが、義政を甘やかさない。もっと寛容にならないものか?少しつけ離すところがあるから、真人も、どこか神経質になっているのでは?)平穏でいたい人は、平穏を壊す原因を人に求める。平穏を求める人々は、思考停止して、必死で平穏でいようとする。でも、そのどこが、平穏なのだろうか?
樹里は、トイレに篭る真人と、酔っ払って帰ってくる義政に対して、大事で必要だと思おうとしたし、大事で必要だからこそ、消えてなくなれとも思っていた。玄関につながる廊下の途中にはトイレがあるが、背を向けて台所に向かう。陽子は片付けができない女だから皿や調味料が調理台の上に溢れている。樹里は、テーブルや台の上に何か物があると落ち着かない性格なので、両手を広げて、みりんの瓶、砂糖の壺、ガラスの皿なんかを吹き飛ばすように全部を叩き落として、床からガシャガシャパリンと破壊の音を出して、綺麗さっぱりにしたかった。衝動は腕の付け根までやってきていたが、外と比べ薄暗く静かな部屋の中、壁にかけた時計の秒針の音が聞こえて、荒れ狂いそうな破壊衝動は収まった。でも、体の芯が熱くなっていたので、冷蔵庫を開ける。麦茶の瓶が表面を白くして、冷たくなっているのをアピールしていたが、それを飲めば喉からキリッと冷えるに違いなかったが、手が奥に並ぶ缶ビールに伸びる。一人で緊張しながら、冷えた缶で手を冷たくしながら、プルタブを引く。プシュッと始める音と共に、樹里は待ち切れないように口をつけて、ビールを吸い込む。一度吸い込むと、アルコールと炭酸と苦味が、体の中の嫌な熱を奪う。
「なんちゃ、樹里、飲みよったのか、わしも飲もう。ビールくれ。」
樹里は能天気な様子の義政に、半分ほど飲んだビール缶を思い切り投げつけた。

「今日から、みんなのお友達になる、もりわきたくやくんです。たくやくんは東京から来ました。仲良くしてあげてくださいね。」
真人の通う幼稚園に転入の園児が増えた。六人の年長は、七人になった。たくやの父の実家が奈半利にあり、東京で職を失い、一家で戻ってきたと、奈半利の二千人たらずの町の人ほとんどが、そのことを知っていた。町の人たちは人口が増えたことを歓迎した。あちこちの事業所がたくやの父を労働力として狙っていた。人が減る街では、役割に空席が多い。そんな街では、みんなが思う、誰か来てくれるのなら、自分の近くの空席を埋めてしまいたいと。
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