チェンジ1

文字数 1,079文字

チェンジ(別府市)

 「えっ!姉ちゃん!な、なんで?」
 「なんで、あんたこげなとこおるん!バカ!こっちからチェンジよ!」
 大学生の龍一は薄暗い店内で、想定外の存在を発見した。自動車整備工場で働きながら夜はアルバイトをしていた愛菜も、まさか自分の弟である龍一が指名してくるとは思わなかった。マナは急いでカーテンを閉めて階段を登っていく。途中、ドンと音がした。愛菜が腹立てて壁を蹴った音だった。案内した店員、佐竹も残された龍一に何て声をかけていいか分からないでいたが、これは面白い偶然だと思い、思わず笑みがこぼれている。いや、近年稀に見る馬鹿馬鹿しさで、本当は大笑いしたかったが、自分がもし、その立場になったのなら全く笑えないどころか、恥ずかしすぎて死ぬことさえ考えるに違いないと、呆然とする龍一に同情の念すら抱いた。龍一は何があったかを考えるのに、店内の白い壁、深い紅色の絨毯などをじっと見渡し、薄暗い照明に「これは夢である」と思おうとしたが、歯の抜けたスーツ姿の香水臭い佐竹をじっと見て、何か取り繕うと声を絞り出す。
 「エリナって名前やったけど、あれはマナや。嘘の名前書かんじくりい。」
 「まあ、ここで本名で仕事する人は、まあ、おらんのんよね。さて、エリナさんはチェンジで、どなたにしますか?今なら、マナさん、あっ、違うマナさんね。もしくはアリスさんならすぐ準備できますが?」
 龍一は、本当は帰りたかったが、しかし、お金をすでに二万円払っているし、それを返してくれとも言えない。
 「じゃあ、アリスさんでお願いします。」
 (この後に及んで、ヤルんかーい!)と佐竹は言いたかったが、そこは笑いをグッと堪えて準備に取り掛かる。待合室に戻された龍一はタバコに火をつける。今更ながら胸がドキドキしてきた。(よりによって、姉ちゃんを指名するとは、俺はなんて不運なんだ!っていうか、姉ちゃん、ここでバイトすんなよ!近所の奴が来るかもしれんのに、マジでバカだ。あいつはバカだ。)
 都合の悪い立場になっていたが、龍一は、それを姉の責任にすげ替えようと必死だ。
 「準備できました。ご案内します。」
 今は、本当は、それどころではないが、ここまで来たら行くしかないと龍一は待合室のソファーから立ち上がる。カーテンを開ける時、龍一はマナ再びを警戒したが、そんなことはなかった。しかし、友達の母親のような年齢の金髪女がふしだらな格好で立っていた。ドブに二万円を捨てたような気持ちになったが、もう、後戻りはできないと、二周り年上のアリス(本名・幸子)に手を取られ、薄暗い階段を登っていった。
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