ガイコツ9

文字数 1,266文字

 銀色に輝く道路を伝って、白壁が眩しい古い家屋の隙間を縫って、信号が点滅する国道を渡る。ごめん行きの最終列車が奈半利駅から出発して、駅がぼんやり暗くなった。直人は住宅街に突如と存在する鉄骨の建物、ガイコツザウルスの目の前に着いた。ガイコツザウルスは、月の光を浴びて、その輪郭を鈍く光らせていた。とても大きなジャングルジムのような格好をしている。侵入禁止の鎖が貼られていた。入ってはいけないというのは知っている。しかし、直人は月に届くらいの塔であるガイコツザウルスの天辺に登りたかった。鎖を潜るとき、誰もいないのは分かってはいたが、周囲の視線を気にした。してはいけないことをするとは、そういうことだと直人は理解した。
 ガイコツザウルスの中に入ると、張り巡らされた鉄骨が自分を囲っているようで、守られているような安心感を感じたが、月の光が届かぬところで、とんでもない闇があちこちに潜んでいて、ガイコツザウルスの底知れぬ恐ろしさを感じた。急いで上まで登ろう。鉄骨の櫓をぐるぐると回るように作られた広い階段。音を立てぬように、一歩ずつ駆け上がる。周囲の屋根が鉄骨の隙間から眼下に見えてきた。瓦屋根は月の光に照らされて、白く輪郭を輝かせていた。もう少し登ると、一面が銀色に輝く太平洋が広がってきた。潮風が吹いて、潮の香りと、鉄骨に反響したうねりがゴウゴウと聞こえてきた。真っ暗な天井が無くなり、濃い紺色の空に星が複雑に広がる。一番上まで着いた。夏になりきらない夜の柔らかな風が吹き抜ける。天辺の四方は手すりで囲まれていて、南には太平洋が水銀を溢したように広がり、ずっと向こうの空との境がはっきりと見えた。北の方は山が広がっている。海と山に挟まれて、奈半利の街は狭かった。小さな家が並んで、所々、明かりがついている。少し大きな屋根が見えた。幼稚園だった。直人は受けた屈辱を忘れてない。見下ろした途端、昨日と今日の出来事が頭をよぎる。悔しさが募り、怒りが湧いてくる。
 健太、死ね、春香先生、潰れろ、幼稚園、壊れろ、たくや、消えろ、奈半利駅、いらない。
 直人は、憧れのガイコツザウルスに入れたことで、ガイコツザウルスの偉大さを取り込んだような錯覚を起こしていた。尊大になっていたのだ。こんなに大きな存在の俺に対して、嫌な連中は、消えてしまえばいい。そうだ、嫌なものは消せばいい。無くなりゃいいんだ。

 小さな隠し事をなくすために、そのもの全部を消すのは、有効な手段である。

 結論に至った直人は手すりをつかんで、眩い月には背を向けて、真っ暗闇にしゃがみ込んでいる小さな奈半利の街を睨みつける。体の底から力がみなぎり、冷たい手すりが、直人の暑い体温で温められ、そこから直人とガイコツザウルスの同化が始まる。

 ゴゴゴゴゴゴゴ
 真夜中、奈半利の町が揺れる。ついに来た!携帯の警告音は鳴らなかったが、奈半利の住民達は真っ暗な中、訓練された行動に移る。着替えて、準備した手荷物を持って、近所に呼びかけ、それぞれの地区の津波避難タワーに向かう。
 「直人がいない!」
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