明るい 2

文字数 1,372文字

そのうち横断歩道の白線が眩しく映る道路に出た。向こう側には高架線路の駅がある。その高架線路の下には隙間なく小さな店が並んでいたが、大阪中心部にあるような小汚いものではなく、車輪の騒音が酷かろうが、小洒落ていて見た目に洗練されている。オレンジや緑の明るい看板に派手でない装飾がされている。コンビニの電飾看板だって目立たないように設置されている。高架下に道路が通っていて、その側は少し影になった歩道があった。影に惹かれて信号が変わると、そこを目指したが、高架線は高く、街全体の溢れる光が跳ね返って、わずかに暗い高架下となっていた。影は出来るが、ここには闇は発生しない。雨宿りに来て、思った以上に雨に打たれるような損した気分をしたので、建物の中に入ろうとしたが、どこの建物も明るいが、入り口が閉じていて、そこに強い光が当たっている。光を跳ね返す入り口は、何も用なく入ることを冷たく拒否しているように感じられる。これだけ光が溢れているのに、街は人を拒絶したように白く黙っている。街路樹は見事に手入れされ整然と並んでいるが、小さな日陰と美しさを作る以外は冷たさに満ちている。大きな広葉樹の連続が、誰にも響かない街の嘆きのような小さな音さえ奪っているのではないか?
元町駅は小さな古い駅だが、天井が高く、採光が施され、壁も白いので明るい。街に行き交う人たちは燻んだ色を纏わない。白いズボンや真っ青なシャツなど、衣料量販店では見たことないような自分を表現できる服を着ている。たまにそうでない人もいるが、それは神戸ではない外部から来た人間だろう。例えばグレーのパーカーに黒いズボンの俺なんか、神戸の街では醜いシミに見えるだろう。大勢に馴染むために地味な格好をすると、ここでは逆に悪目立ちしてしまうことになる。ショーウィンドウに映る俺は山から降りた熊のように戸惑いを含んだ不気味な存在に映る。
 シミが立ち止まると駅を行き交う人々から見て、どうしようもない嫌悪の対象になるから、急いで駅から飛び出た。駅の中も明るかったが、やはり外はもっと明るい。ここは街中で、ビルの谷間なのに青い空が人がって見えるし、太陽の光が降りてくる。
 影が残らない街で、影になろうと駅前の植え込みがある小さな広場で、重工業勤務の労働組合員が同僚の過労死について街宣活動を行なっている。小さなハンドマイクでハウリングを起こしながら「連続勤務」「超過勤務」などと言葉をそれなりの大きな声で発していたが、街ゆく、鮮やかで悪目立ちしない良い格好した人々は笑顔で完全に無視している。誰も労働者の嘆きなんて聞こうとしない。
 俺は、ここに居る理由として、街宣を聞く人になろうとして、耳を傾けるが、薄緑の作業着の男が言うことが明るい光に阻まれて「超過・・務」「無給残・・」と不都合な言葉が寸断されて聴こえてくる。まるで話の中身が入ってこない。まあ、この手の活動は中身がないことが多いのから、それで聞こえてこないのかもしれないが、それにしても、全く伝わらない。まるで街にある「負への無関心」が自分に乗り移ったかのように感じた。
 なんで街が負の出来事に関して無関心だと思ったのだろう?
 しかし、解るのだ。それは間違い無い。関心がないことで、悪いことを呼び寄せないという意思表示が街として出来ているのかもしれない。
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