別れの挨拶(2)

文字数 2,683文字

 蒲田隊長は矢口隊員と交代の時刻になると、一旦純一少年を起こし、それから、内線電話を使って、矢口隊員にこちらに来るよう指示を出した。

 それから直ぐ……。
 矢口隊員は、玄関に入って来るなり純一少年にハグして、それから寝室に入って、ベッドに座ったかと思うと、はち切れんばかりの笑顔で、純一少年を呼び寄せ、洪水の様に勢いよく話を始める。
「純一君、やったね! あたしたち勝ったんだよね。凄いよ、純一君。あたし、あれで、もう駄目かと思っちゃったよ。えーと、それからね……」
「矢口隊員のお蔭ですよ……」
「え? え、何が?」
「矢口隊員が、最初に僕に声を掛けてくれなければ、僕は今でも、作戦室で黙って座っていた筈です。矢口隊員のお蔭で、僕はみんなと一緒に闘えたし、みんなと一緒だったからこそ、僕は勝つことが出来た。ね、矢口隊員のお蔭でしょ?」
「上手いこと言うね、純一君って。ところで、肩の傷は大丈夫? まだ痛む?」
 純一少年の肩は、ガーゼで止血された状態で胸にかけて包帯が巻かれており、腕も動かせないようにしっかりと固定されていた。
「大丈夫ですよ、少し痛みますけどね。それも、明日になって大悪魔に戻れば、直ぐに完治します。場合によっては、例の沼藺(ぬい)と云う友人に頼んで、新たに金丹を創って貰います。朝、新田参謀と美菜隊員に飲ませた薬です。あれなら絶対に治りますからね……」

沼藺(ぬい)ちゃんか……。で、やっぱり大悪魔の方がいいのかな? 純一君は……」
「え?」
「その新しい腕輪を嵌めたままだったら、人間と同じなんでしょう?」
「ええ、僕の先輩の様な人で、月宮盈さんと云う大悪魔がいるのですが、彼女が前にこんなこと言っていました。僕たちの先祖は人間で、長い年月を掛けて魔力が使えるように進化したんじゃないかって……。で、魔力は後から得た消し易い能力だから、魔力だけを封じることも出来るのだって……」
「だったら、このまま、腕輪を着けたままにして、人間としてあたしたちと暮らしてもいいんじゃないかな? 純一君、どこかに行っちゃう心算なんでしょう? それって、純一君が人間じゃないから? みんなが怖がるから? あたし、平気だよ。怖くないもん。純一君が悪魔だって……」

 純一少年は笑みを浮かべる……。
「違いますよ。僕は確かに明日の朝に出て行きますけど、ここが嫌になったとか、誰が嫌いだとか、そう言うことでは一切ないんです。だって、僕はここの人としか付き合いが無いんですよ。嫌いな人たちと態々、お別れに話なんかしないでしょう? 
 いつもだったら、僕は黙って旅立つんですけどね。この世界は、みんなと少しだけ話がしたいと思っているんです。
 矢口隊員のせいですね……。
 僕はここの人たちと、少し、仲良くなり過ぎてしまったみたいです……」

「ご免ね、純一君。そんな貴重な時間を、あたし何かに使わせちゃって。本当は新田先輩とずっとお話がしたいんだよね」
「美菜隊員とは沢山話すことがありますから、無理言って最後にして貰いました。心配しなくても大丈夫ですよ……」
「純一君って、やっぱり大悪魔なんだね」
「え?」
「とっても残酷……。あ、気にしなくていいよ。それから、一つ頼みがあるのだけど」
「僕に出来ることなら……」
「生気を吸ってみてくれないかな? あたし、結局、まだ生気吸われたことないんだ。どんな感じなのか、一回経験してみたいの。いいかな?」
「構いませんよ……」

 純一少年はそう言うと、彼女の唇にキスする形で生気を吸収し始めた。そして、彼女の体力が零にならないあたりで唇を離す。

「結構、疲れるね。これじゃ、あたしにはとても無理だわ、先輩じゃないと……。
 純一君、ご免、あたし眠くなっちゃった。こっちが新田先輩のベッドだよね、あたし、こっちに寝かして貰うね。じゃ、時間になったら起こしてね。おやすみ!」
 矢口隊員は、笑って一気にまくし立てると、そのまま美菜隊員のベッドに潜り込み、毛布に包って丸くなって寝てしまった。
 純一少年は、それを見て、こう呟く。
「仕方ないなぁ、寝ちゃ駄目だろう……。形式だけだけど、一応、矢口隊員は僕の監視役なんだぜ……」

 そして、交替の時刻……。
 純一少年が、矢口隊員を起こそうとした時、彼女は丁度眼を醒ましていた。
 彼女は作戦室で待機している新田参謀に、内線電話で交替の連絡を入れる。そして、数分後に矢口隊員と入れ替わり、新田参謀が元気よく純一少年の私室の中へ入ってきた。

「よう、純一。久しぶりだな、こうして二人で話をするのも……」
 歳の割に陽気な新田参謀に、純一少年も思わず苦笑せずにはいられない。
「純一と出逢ったのが、ずっと昔の様に思えてくるよ」
「そうですね……。新田参謀……」
「美菜の様に、お父さんとは呼ばないのだな。一応親子なんだぜ」
「多摩川美菜さんの様に……ですか?」
「そうか……、知っていたんだね。それも大悪魔の能力って奴か?」
「知っていた訳ではないです。あの憑依が原因です。憑依はその性質上、する側とされる側に記憶の混濁が発生するのです。
 死んでいた僕は、あの剣のお蔭で憑依することが可能になり、奴が吸収されて抜殻となった自分の遺体へと憑依しました。その時、あの大悪魔の悪しき記憶と共に、新田参謀、蒲田隊長、そして美菜隊員の記憶も僕の脳に洪水の様に流れ込んで来たのです。
 僕はつい気になってしまい、あの悪魔の記憶から、美菜隊員の記憶を手繰ってしまいました……。それで僕は、危うく奴になってしまうところでしたよ……」
「奴になる?」

 純一少年は長くなると前置きし、リビングのソファに寛ぐことを参謀に薦め、彼自身も参謀の隣に腰掛けて、先ほど、蒲田隊長に説明した記憶の注意事項を新田参謀にも説明する。そして彼には、蒲田隊長には言わなかった特別な話も付け加えた。

「新田参謀にお願いなのですが、今言ったように、僕は奴の記憶をもう検索したくありません。ですから、僕は既に知っていることですが、敢えて新田参謀の口から、新田純一さんと多摩川美菜さんの話をお聞かせください。僕はそれを自分の耳で聞きたいのです。勿論、このあと美菜隊員にも同じことをお願いする心算です。それを、自分が二人から聞いた記憶として思い出せる様に……」

 純一少年の願いを聞いた途端、それまでの快活で饒舌な態度とは打って変わり、突然、新田参謀は難しい表情になり、ぐっと口をつぐんだ。純一少年はそれを見て、少し苦笑いを浮かべる。
「と、言われても話しづらいですよね。どうです、昔話でもしませんか? 僕が新田参謀と初めて会った夜の事とか?」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

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