不思議な少年(4)

文字数 2,348文字

 数日後のことである。純一少年が入隊してから初めて、スクランブル発進のサイレンが鳴り響いた。宇宙人の爆撃機が大気圏に侵入してきたらしい。その爆撃機は、敵と認識されている宇宙人のものと、飛行音の一致が既に確認されており、即座に万能戦闘機ガルラでの撃墜命令が発動された。

「隊長、あたしは?」
「新田隊員、君は純一君と作戦室で待機だ。連絡係を頼む」
 美菜隊員は不満ではあったが、これは仕方ない処置だと彼女も理解している。純一少年をガルラに乗せて、高価な万能戦闘機を墜落させられたら堪らない。かと言って、インベーダーの疑いの残る彼を一人基地に残す訳にはもっと行かない。必然、純一少年と美菜隊員は二人で留守番と云うことになる。

 しかし、理解はしていても、美菜隊員としては、この迷惑な少年に愚痴のひとつも言わずにはいられない。
「純一、君のせいで、あたしまで出撃から外されたじゃない」
 純一少年は、この抗議に何も反論せず、作戦室の端のソファに腰掛けたままだ。
 美菜隊員は、これ以上彼に文句を言っても暖簾に腕押しなので、諦めて通信オペレータ席に座ってヘッドフォンを頭に装着した。

「そんなに残念がらなくても、たぶん今日は退屈しませんよ……」
 純一少年の呟きが聞こえる。
 美菜隊員はヘッドフォンを外して純一少年の言葉を聞き返そうとした。だが、彼は既に目を閉じ、態とらしく寝た振りをしている。
 そんな彼が何かを答えてくれるとは、彼女には到底思えもせず、美菜隊員は質問を飲み込んだ……。

 彼の予言が的中したのは、ガルラが出撃してから約30分程たった後である。対侵略宇宙人防衛機構、通称AIDSの原大麻基地が突如、100人にも及ぶエイリアンに襲撃されたのだ。

「純一、敵の襲撃よ」
 基地内に響き渡るサイレンを聞きつけた美菜隊員が、迎撃の準備をしようとヘッドフォンを外して立ち上がる。振り返った彼女が見た光景は、彼女が予期すべきであったが、予想していなかったものだった。
「姉さん、手を挙げてください」
 そう言って、純一少年が禁止されていた銃の銃口を、彼女に向けていたのだ。
「君は、君はやっぱり……」
「抵抗しないで。お願いだから」
 美菜隊員は彼の指示には従わなかった。彼女は彼の銃を奪おうと、純一少年に近づこうとする。しかし、彼女は急に両足が重くなって動くことが出来なくなった。その彼女を、純一少年は強引に抱き寄せ、その唇を奪った。キスされた美菜隊員は、彼に抵抗することが出来なくなり、そして、いつしか意識を失っていったのである……。

 美菜隊員は意識を取り戻した。
 恐らく……、あれからかなりの時間が経っている筈だ。
 彼女は殆ど明かりのない暗い倉庫の一室に、何人もの隊員や職員たちと一緒に縛り上げられ転がされている。隣にはあの純一少年もいた。
「鉄男君、君は!」
「静かに! 取り敢えず、抵抗さえしなければ、命を直ぐに奪おうとは思っていないようです。今は敵の出方を確認しましょう」
 エイリアンらしい人間が、美菜隊員の声を聴きつけて、こちらへと向かってくる。そして、「しゃべるなと言った筈だ」とでも言いたげな表情で、純一少年の顔を思いっきり蹴りつけた。
 蹴られた純一少年は、美菜隊員を庇う様に彼女の上に倒れた。エイリアンはその彼の背中を何度も何度も蹴りつける。しかし、それにも飽きたのか、抵抗せず、ぐったりとしてしまった彼を置いて、エイリアンは向うへと戻って行った。
 少し経ってから、純一少年は彼女の体から身を離す。心配そうに美菜隊員が彼の表情を見ると、今蹴ったあのエイリアンの方を、彼はきつく睨みつけていた。
「大丈夫?」
「全然効きませんよ。でも、あいつ、本気で蹴ってきた。僕など死んでもいいと云う位に力を込めて……」
 美菜隊員は、この少年を、本当に分からない奴だと思う。相手が捕虜の身を気遣い、手加減でもすると思っていたのだろうか?
 
 そのまま一時間ほどの時が過ぎた。
「彼らの狙いが分からない……。こんな地方基地を襲って、何を企んでいるんだ?」
 純一少年は、エイリアンに聞こえないように、小声で美菜隊員に話しかけた。彼女もさっきのような大声は出さず、彼の聞こえる最小の声量で会話を行った。
「恐らく、奴らの狙いはガルラの後継機。ここにテスト配備されているジズの破壊、もしくは奪取よ。まだ世界に数機しかないの。もし、これを奪取され、性能について解析されたら、地球の今後の防衛上、大きなマイナスになるわ」
「それは何処に?」
「言える訳ないじゃない。君になんか……」
「そりゃ、そうですね。でも彼らは、いずれそれを見つける。目的を達すれば彼らはここを脱出するだろうし、そうなれば我々を生かしておく必要もない。それが奪われる前に、僕たちは、なんとか脱出しなくてはね」
「ジズが奪われると云うのに、私はおめおめと生き残ろうとは思わない」
「命より、そんな道具が大事だって云うのですか?」
「そうよ。ジズを奪われたら、それで多くの命が奪われる。そうなったらAIDSの隊員として,恥ずかしくて生きていくことなんか出来やしない」
「馬鹿馬鹿しい……」
「君になんか、分かりはしないわ」
 純一少年は目を閉じて溜息を吐いた。
「僕は彼らに目的を達して貰って、僕らを早々に開放して貰おうと思っていました。でも……、彼らは、それほど僕たちの命を重要とは思っていない様です。
 そして美菜隊員、あなたたちも、自分たちの命に、さして重要性を感じていない様ですね。同じ様に、彼ら自身も、自分たちの命を全然大事と思っていない……。
 なんか、とっても命の価値が低いんです。僕が思っているより、この時空は……」
「君は……、よっぽど平和な世界からやって来たのね……」
「ええ、そうみたいですね」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

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