別れの挨拶(1)

文字数 2,416文字

 全世界の反乱は、その日のうちに次々と鎮圧されていった。
 市街地を爆撃すると云う暴挙に出た数機のジズは、同型の飛行空母によって撃墜されていき、大悪魔に憑依され反乱を指揮した者たちは、悪魔の記憶に犯された支配欲により、最後まで抵抗を続けたのだが、やがて討伐、あるいは降伏を余儀なくされた……。
 結局、世界レベルの反乱は、想定よりは小規模な被害で収めることが出来たと言える。
 だが、それは、荒れ狂う嵐によって濁流と化した美しい川が、時が経つにつれ汚泥が沈殿していき、汚れた泥を底に残したままに、元の清流に戻っていくのと同じ、表面だけを美しく取り繕った平和でしかない……。
 いずれにしても、この世界の受けた心理的な打撃は、決して小さなものではなかったし、防衛軍への信頼も、大いに揺らぐ結果となったことだけは間違いない。

 あの後、形式上ではあったが、純一少年は蒲田隊長に連行される形で自分の部屋に戻っていた……。

「純一君、どうするね、まずシャワーでも浴びてくるかい?」
()めときます……。まだ肩の傷が治っていないので……」
 彼の肩の傷は、大悪魔の能力を完全に封じられている為、全く回復できておらず、簡易的な手当こそして貰っているが、まだ痛みは治まっていない。

 蒲田隊長は、純一少年を寝室へと運び込み、彼のベッドへと腰かけた。純一少年も勧められるままにその隣に座る。
 そして、それを待って、蒲田隊長は彼に、先程から気に掛かっていたことを質問した。
「純一君、私は君を正式な隊員として、この航空迎撃部隊に迎えようと思っていたんだ。しかし、君はさっき『

話がしたい』と言っていたね。もしかして純一君は、この世界から……」
「ええ、僕は明日の朝、この時空から旅立とうと思っています……」

 それを聞いて、突然に、蒲田隊長は昼間の戦いについて語りだした。
「今日の戦いで、新田隊員が結界に入り、あの大悪魔が、結界を壊すよう矢口隊員に脅迫をしたね……」
「美菜隊長が合図を待たず、あのタイミングで入って来ると云うのは、僕にも想定外でした……。美菜隊員は僕の秘密を探るのに最適と考えられていましたので、奴がまた彼女に憑依する可能性があったのです。ですので、事前に彼女に作戦を説明しなかったんですけど、逆にそれが仇となりました。
 奴だけを封印できればそれで良し、苦し紛れに奴が僕に憑依したとしても、奴が僕の意思を乗っ取る前に、僕の韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)で奴を吸収すれば良かった。もう、チェックメイト、詰みだったんですけどね……。
 勿論、金属製の魔封環を最初から着けていれば良かったんです……。でも、あれは僕が負け、敵を逃がした時、みんなの最後の武器となるものですから、出来れば、それは預けて置きたかったんですよ……」
 だが、蒲田隊長が気にしていたのは、そこではない。
「私は矢口隊員を制した。私は大切な部下である新田隊員を見殺しにしたんだ……。そんな薄情な奴とは、誰も一緒には闘いたくないだろうね……。
 君がこの世界を去るのは、矢張り、そう云う理由なのか……?」

「はあ? 違いますよ! 全然違う!!」
 純一少年はそれを強く否定する……。
「僕も美菜隊員が結界に入ってきた時は、もう、彼女には、死んで貰うしかないと思いましたよ。おんなじです。隊長がもし、そんなことを本気で悩んでいるとしたら、指揮官失格ですよ……。これはあくまで、僕の個人的な理由による決断です。僕は自分の為に旅立つのです。だから、一言みんなに挨拶がして置きたくて……」
「そうか。君がそう言ってくれるなら、そう云うことにさせておいて貰うよ……」
 蒲田隊長は自虐ぎみに答えた。

「隊長って、本当に軍人に向いていない人ですよね……」
 純一少年は蒲田隊長を見ながら、そう言って愉快そうに笑った。
「私もそう思うよ。気が弱いんだな……。それに決断力がない。私が隊長で、今まで本当に済まなかったと思っている……」
「僕も一緒ですよ……。最初、盈さんと云う人に、あいつが憑依している美菜隊員を、『あの女ごと魔封環で封じ、韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)で吸収しろ』と言われて、金属製の魔封環の設計図まで造って貰っていたのに、結局、僕はそれを拒否した。何か、美菜隊員にまで、悪いことが起こる様な気がして……。
 なのに、結局、最終的には美菜隊員を見殺しにする破目になってしまった……。本当に、何やってるんでしょうね……」
「本当にな……」

 純一少年は、突然真剣な表情になった。
「ところで、隊長たちには、お話して置かねばならないことがあります」
「純一君が旅立つ話以外に、私に伝えたいこととは何だね?」
「あの大悪魔の記憶についてです。皆さんに注意して置かなくてはなりません。あの大悪魔の記憶を辿(たど)るのは極力避けてください。非常に危険なのです」
「何故だね?」
「記憶は、思い出せば思い出すほど深い記憶になります。そして深い記憶ほど蘇りやすくなります。記憶は経験であり、学習と同じです。と云うより、もう、その人間の性格の構成要素と言っても良いでしょう。
 ですから、あいつの記憶を幾度となく探ると、あいつの性格を身に付けることになってしまいます。分かるでしょう? それが、どれ程危険な事であるか……」
「確かに、恐ろしいことだ。純一君の言うように、彼の過去は出来る限り思い出さないようにしよう」
「そうして下さい。僕も彼の持っていた記憶は、もう辿(たど)りません」

 純一少年は必要なことを伝えると、ひとつ欠伸をして見せた。
「僕は少し眠くなってきました。次の矢口隊員が来るまで、暫く寝かせくれませんか?」
「ああ……」
 純一少年はそれを聞くと、そのままベッドに横になり、10秒もしないうちに鼾を掻き始めていた。

 その寝顔を見て、蒲田隊長は小さな声でこう呟く……。
「これが世界を救った大悪魔か……。普通の高校生にしか見えないな……。いや、魔力さえ無ければ、恐らく彼は、普通の高校生でしかないのだ……」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み