別れの挨拶(7)
文字数 2,268文字
下着姿の美菜隊員は、暗くなった寝室に入ると直ぐ、ドアの陰に隠れていたのか、背後から右手首を抑えられ首を絞められた。
「純一、お尻が痛い……」
彼女の臀部には、固くなったものが強く押し付けられている。
「それは美菜隊員のせいですよ。我慢して下さい。あれ? 銃を置いて来たんですか? 持ってないですね……」
「当り前でしょう? 君を銃で脅しながら、何かすると思ったの?」
「それは、そうか……。でも、万が一ってこともあります。美菜隊員の抵抗力は、申し訳ありませんが、奪わせて貰いますよ」
純一少年は、美菜隊員を自分の方に向きを変えさせると、彼女を抱きしめ、無理矢理唇を奪った。
「済みません、乱暴しちゃって。でも僕は、美菜隊員に、こんな捨て鉢なことして欲しくないんです。疲れたと思うんですけど、少し我慢してください……」
純一少年はそう言うと、彼女を抱きかかえベッドに運ぼうとする。だが、彼の目論見と異なり、美菜隊員は何事も無かったかの様に、じっと純一少年を見つめていた。
「君はどうかしている。君、憑依も何もかも、悪魔の能力は全て封じられているんだよ。それも出来ないと云うことに、全然気が付かなかったの?」
「あれ? 可笑しいな……。確かに、生気が入った様には感じなかったけど、そっちの方が封じられているからかと……」
「呆れた……。もう、仕方ないわね。分かったわよ! 純一、そこにお座りなさい。お話しましょう」
「済みません、結局、いつもこうなっちゃいますね……。でも、嘘じゃないんですよ」
純一少年は、自分のベッドに腰掛けた。美菜隊員もその隣に腰掛ける。そして彼女から話を始めた。
「君が知っていることも話すんだよね。どこから話そうかしら……」
美菜隊員は自分の記憶を遡る為、暗い寝室の天井の一点を見つめる。
「新田純一って言う君の名前はね、あたしの元カレの名前なの。彼とは高校の時に知り合ったのよ。私が高一の時、彼が高校三年生。あたしのその時の苗字は多摩川、多摩川美菜って云うの。馴れ初めとか、そういうのはいいわよね。私たちは普通につき合い始めたわ。そのうち、彼が新田と云う軍関係の重要人物の長男だと云うことが、あたしにも分かって、彼が防衛大学に進学すると云うことも分かってきた。
あたしは、そのころ、進路なんて何も考えていなかった。でも、その時初めて進路について考えた。結局、何もないなら彼について行こうと思ったの。単純でしょ?
彼はそれを望んでいた訳ではないけれど、あたしはそれでいいと思っていた。
彼が大学に入ってから、あたしたちは、あまり会うことが出来なくなってきた。それでも、あたしは防衛大学に入学した。言って置くけど、ずっとベタベタしていた訳じゃないのよ。寧ろ、二人でいることは殆どなかったわ。思ったより大学って暇じゃないのよね」
美菜隊員はひと呼吸いれた。見ると純一少年はじっと黙って彼女の話を聞いている。
彼女は続きを話し始めた。
「学生とは云え、宇宙人からの脅威に曝されている今の時代、防衛大学の学生も安全と云う訳にはいかなかったの。
ある日、彼が乗った演習船が宇宙人に襲われた。クルーも学生も一緒になって闘ったそうよ。でもね、彼は逃げちゃったの。要人の息子を人質にしようとする宇宙人と、彼だけは守ろうとするクルー。結局、彼は周囲に押される格好で逃げちゃったのよ。それをあたしは悪いことだとは思わない。周りだって彼に前線にいられたら、足手纏いだとしか思わなかったでしょう?
でも、彼自身は許せなかったのね……。
彼は少し変わったわ。快活で陽気な性格は影を潜めて、どこか冷めた感じの態度をとるようになっていった。あたしも、いつしか、そんな彼とは、段々に距離を置くようになっていったわ。
そんなある日のことよ、彼があたしにプロポーズしてきたのは……。
あの事件の前だったら、何も迷うことはなかった。でも、どこか直ぐには『うん』と言えなくなっている自分にあたしは変わっていた。彼はそれが、あの事件で何人もの人が死んだのにも関わらず、自分が逃げたことを、あたしが非難していると考えたのだと思う。でも、多分それは違う。あたしは恐らく彼を非難していなかった。だからこそ、最後にはそのプロポーズを受けたのだから……」
ここで美菜隊員は、一回深く両目を閉じ、そして開いてから再び話を続ける。
「彼はその後、宇宙人の襲来で戦死したわ。
彼が勇敢だったか、無謀だったのか、それとも、偶然そうなったのか……。最後まで奮戦し、結局、敵の銃弾に倒れ死んでいったらしいの……。その話は、彼の最後を知る色んな人から、何度も聞かされた……。
それが、あたしの為なのか、自分のプライドの為なのか……。あたしには分からない。ただ結局、あたしを残して彼は死んだ……。
で、残されたあたしに何が残ったの?
あたしには何もなかった。あたしには将来の夢も、目的も何もなかった。彼のせいではないの。あたし自身が何も描いていなかっただけなの。だから父さん、新田参謀は、あたしを心配したんだろうと思う。純一を失った悲しみを忘れられない女として。
でも、それは実は少し違う。確かに悲しかった。それは間違いないし、自分が事実上の未亡人だって云う気持ちもあったわ。だって、あたしは純一を愛していたから……。でも、あたしは、そう云うのとは別に、生きるのに酷く疲れたように感じていたの……。
態と死にたいとは思わない。でも『死んだら死んだで楽になるかな?』って気持ちは、常にあたしは持っていた……」
「純一、お尻が痛い……」
彼女の臀部には、固くなったものが強く押し付けられている。
「それは美菜隊員のせいですよ。我慢して下さい。あれ? 銃を置いて来たんですか? 持ってないですね……」
「当り前でしょう? 君を銃で脅しながら、何かすると思ったの?」
「それは、そうか……。でも、万が一ってこともあります。美菜隊員の抵抗力は、申し訳ありませんが、奪わせて貰いますよ」
純一少年は、美菜隊員を自分の方に向きを変えさせると、彼女を抱きしめ、無理矢理唇を奪った。
「済みません、乱暴しちゃって。でも僕は、美菜隊員に、こんな捨て鉢なことして欲しくないんです。疲れたと思うんですけど、少し我慢してください……」
純一少年はそう言うと、彼女を抱きかかえベッドに運ぼうとする。だが、彼の目論見と異なり、美菜隊員は何事も無かったかの様に、じっと純一少年を見つめていた。
「君はどうかしている。君、憑依も何もかも、悪魔の能力は全て封じられているんだよ。それも出来ないと云うことに、全然気が付かなかったの?」
「あれ? 可笑しいな……。確かに、生気が入った様には感じなかったけど、そっちの方が封じられているからかと……」
「呆れた……。もう、仕方ないわね。分かったわよ! 純一、そこにお座りなさい。お話しましょう」
「済みません、結局、いつもこうなっちゃいますね……。でも、嘘じゃないんですよ」
純一少年は、自分のベッドに腰掛けた。美菜隊員もその隣に腰掛ける。そして彼女から話を始めた。
「君が知っていることも話すんだよね。どこから話そうかしら……」
美菜隊員は自分の記憶を遡る為、暗い寝室の天井の一点を見つめる。
「新田純一って言う君の名前はね、あたしの元カレの名前なの。彼とは高校の時に知り合ったのよ。私が高一の時、彼が高校三年生。あたしのその時の苗字は多摩川、多摩川美菜って云うの。馴れ初めとか、そういうのはいいわよね。私たちは普通につき合い始めたわ。そのうち、彼が新田と云う軍関係の重要人物の長男だと云うことが、あたしにも分かって、彼が防衛大学に進学すると云うことも分かってきた。
あたしは、そのころ、進路なんて何も考えていなかった。でも、その時初めて進路について考えた。結局、何もないなら彼について行こうと思ったの。単純でしょ?
彼はそれを望んでいた訳ではないけれど、あたしはそれでいいと思っていた。
彼が大学に入ってから、あたしたちは、あまり会うことが出来なくなってきた。それでも、あたしは防衛大学に入学した。言って置くけど、ずっとベタベタしていた訳じゃないのよ。寧ろ、二人でいることは殆どなかったわ。思ったより大学って暇じゃないのよね」
美菜隊員はひと呼吸いれた。見ると純一少年はじっと黙って彼女の話を聞いている。
彼女は続きを話し始めた。
「学生とは云え、宇宙人からの脅威に曝されている今の時代、防衛大学の学生も安全と云う訳にはいかなかったの。
ある日、彼が乗った演習船が宇宙人に襲われた。クルーも学生も一緒になって闘ったそうよ。でもね、彼は逃げちゃったの。要人の息子を人質にしようとする宇宙人と、彼だけは守ろうとするクルー。結局、彼は周囲に押される格好で逃げちゃったのよ。それをあたしは悪いことだとは思わない。周りだって彼に前線にいられたら、足手纏いだとしか思わなかったでしょう?
でも、彼自身は許せなかったのね……。
彼は少し変わったわ。快活で陽気な性格は影を潜めて、どこか冷めた感じの態度をとるようになっていった。あたしも、いつしか、そんな彼とは、段々に距離を置くようになっていったわ。
そんなある日のことよ、彼があたしにプロポーズしてきたのは……。
あの事件の前だったら、何も迷うことはなかった。でも、どこか直ぐには『うん』と言えなくなっている自分にあたしは変わっていた。彼はそれが、あの事件で何人もの人が死んだのにも関わらず、自分が逃げたことを、あたしが非難していると考えたのだと思う。でも、多分それは違う。あたしは恐らく彼を非難していなかった。だからこそ、最後にはそのプロポーズを受けたのだから……」
ここで美菜隊員は、一回深く両目を閉じ、そして開いてから再び話を続ける。
「彼はその後、宇宙人の襲来で戦死したわ。
彼が勇敢だったか、無謀だったのか、それとも、偶然そうなったのか……。最後まで奮戦し、結局、敵の銃弾に倒れ死んでいったらしいの……。その話は、彼の最後を知る色んな人から、何度も聞かされた……。
それが、あたしの為なのか、自分のプライドの為なのか……。あたしには分からない。ただ結局、あたしを残して彼は死んだ……。
で、残されたあたしに何が残ったの?
あたしには何もなかった。あたしには将来の夢も、目的も何もなかった。彼のせいではないの。あたし自身が何も描いていなかっただけなの。だから父さん、新田参謀は、あたしを心配したんだろうと思う。純一を失った悲しみを忘れられない女として。
でも、それは実は少し違う。確かに悲しかった。それは間違いないし、自分が事実上の未亡人だって云う気持ちもあったわ。だって、あたしは純一を愛していたから……。でも、あたしは、そう云うのとは別に、生きるのに酷く疲れたように感じていたの……。
態と死にたいとは思わない。でも『死んだら死んだで楽になるかな?』って気持ちは、常にあたしは持っていた……」