不死身の大悪魔(4)

文字数 2,809文字

 純一少年は言葉が出て来なかった……。
 勿論、それは、込み上がる怒りの為でもなく、彼が絶望に打ちのめされたからでもない。ただ、彼の頭の中では、最善の判断をすべく様々な比較検討が為されていたのだ。

 それを知ってか、美菜隊員に憑依した大悪魔は純一少年に返答を迫る……。
「どう、純一? いいえ、大悪魔『要鉄男』と呼んだ方がいいかしら?」
「考えさせてくれ。三日間待ってくれ……」
「駄目よ。待つのは一日だけ。明日の正午きっかり、あたしがこの国の総理に憑依して、純一に電話をするわ。あたしの右腕になることに同意なら、そのまま首相官邸までいらっしゃい。そこで純一は、世界に向けて悪魔『要鉄男』の支配を宣言するのよ」
「もし、同意しなかったら?」
「簡単ね。そのまま、この世界が滅びるだけ。勿体ないけどね。あたしとしても……。じゃ、いい返事を待っているわよ……純一」

 純一少年は返答の猶予を一日しか得られなかった。(いや)、即答ではなく、彼は一日の猶予を得られたと解釈すべきか……。

「あ、そうそう、言い忘れていた。純一がいくら節約家だとは言え、食事のマナーだけは守って貰わなければ困るわ。大悪魔としての品位を疑われるわよ」
「?」
「いい? 食事して食べきれなくなることもあるだろうけど、それをそのままにして、次の日に食べるなんてのはマナー違反よ。別の悪魔がそのまま、その食べかけを食べてしまうじゃない……」
「おい、何を……」
「人間を食べて、食べ残したら片付けるものよ。今回は、あたしが純一に変わって片付けておいてあげる。感謝してね……」

 そう言うと、美菜隊員は手に持っていた銃を自分の胸に当て、引き金を引く。
 もし、純一少年が彼女に体当たりしなければ、その弾丸は心臓を貫通し、美菜隊員は即死していたに違いない。しかし、それでも、その弾は、彼女の胸から、左肺、背中へと通り過ぎて行ったのである。

 純一少年は、崩れ倒れた美菜隊員を抱き起こすと、素早く彼女の口に手持ち最後の金丹を含ませる。
「純一……、お前」
 鵜の木隊員が項垂れながら、純一少年に何となく声を掛けた。
 純一少年も、美菜隊員を通信装置に寄りかからせると、鵜の木隊員の方に顔を向け、引き()った笑顔を見せる。今、彼らが出来るのは、その程度の事だけだった……。

 命を救われた美菜隊員だったのだが、彼女は機械に(もた)れ、下を向いたままで亡霊の様に声を絞り出した。
「純一。なんで、あのまま、あたしを死なせてくれなかったの……?」
 傷も塞がり、意識も取り戻した筈なのに、美菜隊員は起き上がるどころか、上を向くことすらしない。
「なんで、生き返らせたたりしたの? 君もあたしを苦しめたいから? 君も悪魔だものね。あいつみたいに、人間が苦しんで、悲鳴を上げて、だんだんと力を無くしていくのが見たいから? 手の指、足の指、手首、足首、それを(もい)いでいって、いつ痛みで死ぬかを確認したいから? 楽しいわよね? 私も楽しかった……。楽しかったのよぉ!!」

「新田隊員? どうしたんだ?」
 その下丸子隊員の質問には、純一少年が彼女の代わりに答える。
「人は悪魔に憑依されると、悪魔と記憶を共有してしまうらしいんです。そんなことを、僕は以前聞いたことがあります。美菜隊員は、あの悪魔の過去の所業を、追体験してしまったんでしょう。きっと……」
「純一、殺してよ……。君なら、そんな殺し方はしないでしょう……?」
「新田隊員? 君らしくもないぞ。いつもの君はどうしちまったんだ?」
「下丸子隊員、それは無理な相談です」
 そう言って、純一少年は、美菜隊員に食って掛かりそうな下丸子隊員を、ようやくのこと押しとどめた。

 下丸子隊員は、今度は純一少年の肩に両手をあて、彼の目をじっと見つめ、ゆっくりと純一少年に語り始める。
「純一君、君、僕の事どう思う? ひ弱で、情けないよね……」
 純一少年が何か言おうとするのを、下丸子隊員が制して、話を続ける。
「僕は駄目人間って程じゃないけど、ここでは下から一番だ。そんな僕と新田隊員は、実は同期入隊なんだよ……。僕の隣で颯爽と歩く新田隊員。恰好良かったよ。その上、彼女は新田参謀の娘で、超エリートなんだ……。僕なんかとは月と鼈さ。僕は、彼女と同期だってことだけで鼻が高かったよ……。新田隊員は、ずっと僕の憧れだったんだ」
「……」
「君たちが実は姉弟じゃないって、実は最初から疑っていた……。でも、僕は何も言い出せなかった。仕方ないよね。君も特別な能力のある、ある意味エリートだもん。お似合いだったよ……。
 こんな時に、こんなこと言い出してご免。僕もどうかしているね……」
「下丸子隊員……」
「でも、分かって欲しい。僕の身勝手な望みかも知れないけど、新田隊員には、どんな時でも、例え、どんなに恐ろしいことがあっても、常に凛々しくあって欲しいんだ……」
 別の方向から声が聞こえてくる。
「下丸子、仕方ないんだ……。私ですら、私だって怖いんだ」

 それまで黙ってしゃがみ込んでいた蒲田隊長が、何とかその重い口を開いていた。
「あいつ、人間を玩具にしか思っていない。人間を殺し合わせるんだ。人を殺した奴から『助ける』と言って。自分の恋人や、親や子を殺した奴をより長く生かしておいて、そいつらを、段々『自分は最低のクズだ』と思うように仕向けて行くんだ。あいつになった私は、それを見て楽しんでた……。
 私は、私たちは、そんな奴を前にして、人間でいられるのか? 私自身が化け物になっていくんじゃないのか? 私は怖い。正直、殺して貰えるなら、今殺して欲しい」
 飄々としながらも、芯の通ったマネージメントで、全員が心の奥では信頼していた蒲田隊長の、そんな絶望の言葉に、誰もが一瞬口をつぐんでしまっていた。

 しかし、そんな中、最初に、無理やりではあったが、笑顔をみせ、言葉を発したのは、やはり豪傑、沼部隊員だった。
「純一君、俺は前から、君は只者ではないと思っていたよ。しかし、人間でないとはね。確かに少し変わっているから、もしかしたら宇宙人ではないか……とは思っていたけどな。で、君もそうなのか? 奴みたいに?」
 沼部隊員の質問が終わる前に、純一少年は答えを返した。
「冗談じゃない。いくら何でも、あいつは非道すぎます。僕たちは、確かに略奪や殺戮を生業とする化け物だったのかも知れません。でも、これほどのことを考える奴なんか誰もいませんよ。村一つ位を滅ぼすのがせいぜいです。悪魔は普通支配などは望みません。それは人間の考えることです。それに……」
 沼部隊員は、純一少年の答えを待たず、別の質問に切り替える。
「で、一日考えて、あいつと組むかの結論を出す訳か?」
「結論なんか最初から出ていますよ。あんな奴の手下になるくらいなら、それで、この星が滅ぶのだとしても、僕は命を賭けて闘います。一日ってのは、その作戦を立てる為の時間です。でも……」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

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