不死身の大悪魔(9)
文字数 2,614文字
首相も、純一少年の言葉が決して嘘でない事にやっと気付いた。そして、額に油汗を滲ませ、顔を引き攣 らせる。
「あの盈と云う女は『生き仏など作る時間は無い』と言っていた筈だ!」
「盈さんの言うことを信じるなんて、本当、どうかしている……。彼女は、嘘吐きの権化の様な人なんだぜ」
「くっ!」
「とは言っても、実は彼女も、何枚か手順書を書いたに過ぎないんだけどね……」
純一少年は、これ以上ないと云うほどのドヤ顔を見せた。
「さぁこれで、お互いの肉体が滅べば、もう憑依する相手はいない。僕たちはエネルギー体では長く生命を保てない。だから、このフクロウ時計に憑依するしかないのさ。そして、このフクロウ時計の命が尽きるまで、つまり壊れてしまうまで、僕たちは外に出ることが出来なくなる」
純一少年はニヤリと笑い、左手を手刀に顔の前面に置き、右の拳を左胸の脇に引いて構えを取った。
「でも、それまで退屈じゃないかな? 少し遊ぼうか? お互い大悪魔の能力も、筋力も封じられてしまったけど、素手で格闘ごっこ位ならやれるでしょう? やろうよ! 僕は結構、格闘も得意なんだ。お年寄りの首相位なら、素手で殺せると思うよ……」
純一少年はそう言うと、直ぐ様、正拳突きでの攻撃を始めた。
この攻撃は面白いほど相手に命中する。
左右の廻し蹴りも側頭を捉えた。純一少年のローキックで、敵は膝から崩れ落ち、立ち上がるのを待ってから、また彼は、繰り返し正拳突きを放つ……。
これが何回か繰り返された。そして、最後に純一少年の右の正拳逆突きが、相手の心臓を捉える……。
首相の姿をしたその男は、ゆっくりと崩れ落ち、純一少年も、その突いた拳を引いた姿勢でピタリと動きを止める。
そして、その略 30秒後、純一少年は天を仰ぎ、深く吸い込んでから、ゆっくり息を吐き出した……。
「戦闘力が低くても、決して侮れない恐ろしい敵だった……。こいつの邪悪な精神こそが、僕を脅かす脅威の源だったんだ。そして、その邪悪な支配欲は、恐らく悪魔の心が生んだものではなく、人間に憑依していく度に蓄積、濃縮された、人間の持つ支配欲から生まれたものだったに違いない……」
「純一! 勝ったのね!」
美菜隊員がそう叫んで、八角円の中へと満面の笑みで純一少年を迎えに入って来た。
「美菜隊員! まだ、奴は魂が抜けただけで、封印された訳じゃない!」
純一少年がそう言ったのと、美菜隊員がピタと止まったのは全くの同時だった……。
そして、少し遅れて美菜隊員が、純一少年に勝ち誇った様に話を始める。
「形勢逆転ね、純一君。どう、私とも格闘する? いいわよ、私を散々いたぶって殺すがいいわ。大悪魔らしくね」
八角円の外で状況を見守っていた新田作戦参謀や他のAIDSメンバーたちにも、この最悪の状況が理解できた……。美菜隊員が憑依されてしまったのだ。
純一少年は、美菜隊員を殴り殺そうと、彼女に拳を向けたが、彼はそれを突き出すことが出来ない……。
「確かに形勢逆転だな。もう僕はお前を殴れない。だが結論は変わらないさ。僕もお前も生き仏になることに変わりがない」
「さあ、それはどうかしら? 彼女に感想聞いてみる?」
そう言うと、美菜隊員はそのまま話を続ける。だが、その口調からは、先程までの邪悪なものが消えていた。
「純一、ごめんなさい。でも大丈夫、あなたは負けていない。このまま、あたしを殺せばさっきと何も変わらない。早く。お願い」
彼女はまた邪悪さを取り戻す。
「どうする? 純一君。そうね、あたし暑くなっちゃった……。ここで服、全部脱いじゃおうかしら。AIDSの仲間の見ている前、国立競技場のピッチのド真ん中でストリップできるなんて、本当嬉しいわ……。そうね、全部脱ぎ終わってから、感想言ってあげるわ。彼女に戻ってね……」
「止めろ!」
「あら、純一君……。あたしに命令できる立場なのかしら?」
その時、バックスタンド側から銃声が響く。新田参謀が自分の娘に発砲したのだ。しかし、その銃弾は彼女を掠め、メインスタンド側に流れて行った。
「お父様、突然撃つなんて酷いわ……。あたし、これから純一君と、楽しいことをしようとしていたのに……」
純一少年は状況を理解した。このままでは、恐らく美菜隊員は射殺される。確かに、彼女がこの結界に入ってきた時、彼自身も、美菜隊員を殺ろすことを考えた。
しかし、彼女が死んで、奴を封印する形で解決する? それは純一少年には、矢張り、納得のいかないエンディングだった。
「分かった……。お前の勝ちだ……。どうすればいい?」
「では、先ず彼女の替わりに、そこで裸になって貰おうかしら。勿論、パンツもよ」
純一少年は迷彩色の隊員服と靴、靴下を脱ぎ、ささっと、ランニングシャツとトランクスをも脱ぎ捨てた。
「素直ね、結構だわ。でもね、あたし別にあなたの裸が見たかった訳じゃないのよ……。さ、首に掛かっている刀と、その腕輪を外して貰おうかしら。隠し武器はそれだけ? あなた、本当に油断ならないから……」
彼は言われた通り、首に掛かっていたお守りの刀と、手首に嵌っていた鼈甲の腕輪を外し結界の外に投げ捨てた。もう彼は何も身に付けていない。
美菜隊員は、そんな純一少年に、懐から出した銃で狙いを定め、あざけり笑いながら引き金を引いた。純一少年は肩口を撃たれ、翻筋斗うって倒れ込む。
「彼女が何か言いたげよ。聞いてみる?」
「もう止めてよ……。彼はこの世界の人間じゃないんだから、許してよ……。この時空を守る為に、彼が一緒に封印されるのは可笑しいわ。鉄男君を助けてよ。彼を別の時空へ逃がしてあげて、そうしてくれたら、この封印解くから……。純一を逃がす為にも……。
だそうよ。どうする、純一くん?」
「そんなの駄目だ! 第一、こいつがそんな約束守る筈がない!」
「矢口ナナちゃん、あなたはどうなの? そうよね、純一君が封印されても、あなたたち人間は助かるものね。このまま、異時空人が封印されちゃえば良いわよね……」
「矢口隊員、こいつの口車に乗せられちゃ駄目だ!」
そう言った純一少年を、美菜隊員は思いっきり殴った。そして、何度も何度も蹴り上げる。八角円の為に、人間の体になっている純一少年にとっては、致命傷ではないとは云え、相当に厳しい打撃だった。彼はそれでも抵抗をしようとはしない……。
矢口隊員は、そんな純一少年から顔を背け、目を閉じた。
「あの盈と云う女は『生き仏など作る時間は無い』と言っていた筈だ!」
「盈さんの言うことを信じるなんて、本当、どうかしている……。彼女は、嘘吐きの権化の様な人なんだぜ」
「くっ!」
「とは言っても、実は彼女も、何枚か手順書を書いたに過ぎないんだけどね……」
純一少年は、これ以上ないと云うほどのドヤ顔を見せた。
「さぁこれで、お互いの肉体が滅べば、もう憑依する相手はいない。僕たちはエネルギー体では長く生命を保てない。だから、このフクロウ時計に憑依するしかないのさ。そして、このフクロウ時計の命が尽きるまで、つまり壊れてしまうまで、僕たちは外に出ることが出来なくなる」
純一少年はニヤリと笑い、左手を手刀に顔の前面に置き、右の拳を左胸の脇に引いて構えを取った。
「でも、それまで退屈じゃないかな? 少し遊ぼうか? お互い大悪魔の能力も、筋力も封じられてしまったけど、素手で格闘ごっこ位ならやれるでしょう? やろうよ! 僕は結構、格闘も得意なんだ。お年寄りの首相位なら、素手で殺せると思うよ……」
純一少年はそう言うと、直ぐ様、正拳突きでの攻撃を始めた。
この攻撃は面白いほど相手に命中する。
左右の廻し蹴りも側頭を捉えた。純一少年のローキックで、敵は膝から崩れ落ち、立ち上がるのを待ってから、また彼は、繰り返し正拳突きを放つ……。
これが何回か繰り返された。そして、最後に純一少年の右の正拳逆突きが、相手の心臓を捉える……。
首相の姿をしたその男は、ゆっくりと崩れ落ち、純一少年も、その突いた拳を引いた姿勢でピタリと動きを止める。
そして、その
「戦闘力が低くても、決して侮れない恐ろしい敵だった……。こいつの邪悪な精神こそが、僕を脅かす脅威の源だったんだ。そして、その邪悪な支配欲は、恐らく悪魔の心が生んだものではなく、人間に憑依していく度に蓄積、濃縮された、人間の持つ支配欲から生まれたものだったに違いない……」
「純一! 勝ったのね!」
美菜隊員がそう叫んで、八角円の中へと満面の笑みで純一少年を迎えに入って来た。
「美菜隊員! まだ、奴は魂が抜けただけで、封印された訳じゃない!」
純一少年がそう言ったのと、美菜隊員がピタと止まったのは全くの同時だった……。
そして、少し遅れて美菜隊員が、純一少年に勝ち誇った様に話を始める。
「形勢逆転ね、純一君。どう、私とも格闘する? いいわよ、私を散々いたぶって殺すがいいわ。大悪魔らしくね」
八角円の外で状況を見守っていた新田作戦参謀や他のAIDSメンバーたちにも、この最悪の状況が理解できた……。美菜隊員が憑依されてしまったのだ。
純一少年は、美菜隊員を殴り殺そうと、彼女に拳を向けたが、彼はそれを突き出すことが出来ない……。
「確かに形勢逆転だな。もう僕はお前を殴れない。だが結論は変わらないさ。僕もお前も生き仏になることに変わりがない」
「さあ、それはどうかしら? 彼女に感想聞いてみる?」
そう言うと、美菜隊員はそのまま話を続ける。だが、その口調からは、先程までの邪悪なものが消えていた。
「純一、ごめんなさい。でも大丈夫、あなたは負けていない。このまま、あたしを殺せばさっきと何も変わらない。早く。お願い」
彼女はまた邪悪さを取り戻す。
「どうする? 純一君。そうね、あたし暑くなっちゃった……。ここで服、全部脱いじゃおうかしら。AIDSの仲間の見ている前、国立競技場のピッチのド真ん中でストリップできるなんて、本当嬉しいわ……。そうね、全部脱ぎ終わってから、感想言ってあげるわ。彼女に戻ってね……」
「止めろ!」
「あら、純一君……。あたしに命令できる立場なのかしら?」
その時、バックスタンド側から銃声が響く。新田参謀が自分の娘に発砲したのだ。しかし、その銃弾は彼女を掠め、メインスタンド側に流れて行った。
「お父様、突然撃つなんて酷いわ……。あたし、これから純一君と、楽しいことをしようとしていたのに……」
純一少年は状況を理解した。このままでは、恐らく美菜隊員は射殺される。確かに、彼女がこの結界に入ってきた時、彼自身も、美菜隊員を殺ろすことを考えた。
しかし、彼女が死んで、奴を封印する形で解決する? それは純一少年には、矢張り、納得のいかないエンディングだった。
「分かった……。お前の勝ちだ……。どうすればいい?」
「では、先ず彼女の替わりに、そこで裸になって貰おうかしら。勿論、パンツもよ」
純一少年は迷彩色の隊員服と靴、靴下を脱ぎ、ささっと、ランニングシャツとトランクスをも脱ぎ捨てた。
「素直ね、結構だわ。でもね、あたし別にあなたの裸が見たかった訳じゃないのよ……。さ、首に掛かっている刀と、その腕輪を外して貰おうかしら。隠し武器はそれだけ? あなた、本当に油断ならないから……」
彼は言われた通り、首に掛かっていたお守りの刀と、手首に嵌っていた鼈甲の腕輪を外し結界の外に投げ捨てた。もう彼は何も身に付けていない。
美菜隊員は、そんな純一少年に、懐から出した銃で狙いを定め、あざけり笑いながら引き金を引いた。純一少年は肩口を撃たれ、翻筋斗うって倒れ込む。
「彼女が何か言いたげよ。聞いてみる?」
「もう止めてよ……。彼はこの世界の人間じゃないんだから、許してよ……。この時空を守る為に、彼が一緒に封印されるのは可笑しいわ。鉄男君を助けてよ。彼を別の時空へ逃がしてあげて、そうしてくれたら、この封印解くから……。純一を逃がす為にも……。
だそうよ。どうする、純一くん?」
「そんなの駄目だ! 第一、こいつがそんな約束守る筈がない!」
「矢口ナナちゃん、あなたはどうなの? そうよね、純一君が封印されても、あなたたち人間は助かるものね。このまま、異時空人が封印されちゃえば良いわよね……」
「矢口隊員、こいつの口車に乗せられちゃ駄目だ!」
そう言った純一少年を、美菜隊員は思いっきり殴った。そして、何度も何度も蹴り上げる。八角円の為に、人間の体になっている純一少年にとっては、致命傷ではないとは云え、相当に厳しい打撃だった。彼はそれでも抵抗をしようとはしない……。
矢口隊員は、そんな純一少年から顔を背け、目を閉じた。