不思議な少年(6)
文字数 2,249文字
加速感も大分治まったころ、美菜隊員が純一少年に1つの質問をする。
「純一、いいえ、要鉄男君、本当のことを言って。君はどっちの味方なの?」
「どっちの? 僕はどっちの味方でもないですよ。でも、今回に限って云うと、あなた方の味方かなぁ……。あのエイリアンは、僕のこと、蹴りましたからね」
「そっか……。それは悪いことをしたわね。このジズはこれから大気圏を飛び出し、そのまま自爆するの。正直、君のことが信じられなくてね。結局、君は誰かを騙してこれを見つけてしまうんじゃないかって……。だから私は、君をここに態と連れ込んで、自爆の設定をしたのよ。ご免ね。私も一緒に死ぬから、それで許してね……」
「参ったなぁ。大気圏外か……。流石に弱ったな……。『十の思い出』も耀子で使っちゃたから『狐の抜け穴』も使えないし……。さて、どうしたものかな?」
「あら、まだ助かる心算? 図々しいのね」
「とりあえず、キスさせてくれません?」
「ご自由に。でも、それだけでいいの? 人生の最後だって云うのに……」
「そんな時間あるんですか? 他に何か楽しいことが出来る程の……」
純一少年はテーブルをぐるりと回って、座ったまま目を閉じた美菜隊員の顎に手を添えて、彼女に軽くキスをした。
「そうね、あと30秒位かな……」
美菜隊員は、キスを終えると純一少年に残りの時間を軽く答えた。そして、そのまま眠りに落ちていく自分を、不思議だなぁと感じたのだった。
それから1分も経たないうちに、巨大戦艦は火の玉へと姿を変えていた。
正確には、そこは厳密な意味の大気圏外ではなく、宇宙空間と地球圏の境を示すカーマンライン(注)を超えた辺りだったのだが、熱圏と呼ばれる空間にまで離れていても、ジズ程の戦艦の大爆発は地上でも十分に観測できるものとなった。
しかし、残念ながら、純一少年も、美菜隊員も、その壮大な天体ショーは目にすることは出来ない。なぜなら、彼ら二人は、その戦艦の中に取り残されていたのだから……。
そして今、彼らは地上の公園の芝生の上にいる。勿論、美菜隊員の世界の地上だ。
近くに人気 はない。麗らかな午後の日差しが辺りを包んでいて、彼らの頭上には側の大きな樹の枝が沢山の木の葉を湛えて、ちょっとした木陰を創り出していた。
目を覚ました美菜隊員は、最初、ここは死の世界かと考えた。しかし、彼女はまだ生きている。そして隣では殆ど全裸の純一少年が仰向けに寝転んでいた。彼女はそれを取ると自分も下着姿になってしまうのだが、仕方なく隊員服を脱いで少年の体に被せた。その弾みか、純一少年もそれで眼を醒ます……。
「純一、ここは何処なの? 随分経っているみたいだけど」
「あれから5時間近くは経っていますよ。場所は多分、日本のどこかだとは思うんですけどね……。もう落ちそうだったので、降りられる場所に直ぐに着陸しましたよ……。
美菜隊員の携帯は使えるんじゃないですか? GPSで確認してみてください」
美菜隊員はスマホの地図アプリで、現在地を確認してみる。結果は、確かに純一少年の言う様に、日本の、それも原当麻基地に近い住宅地の公園だった。
少し安心した彼女は、続けて彼に尋ねる。
「5時間ですって? あたし、そんなに寝ていたの?」
「すみません、美菜隊員の協力がどうしても必要だったのです。殆ど仮死状態にまでしてしまいました。疲れたでしょう?」
「でも、どうやったの? この手品……」
あの時、純一少年の頭に先ず浮かんだのは、時空を越えることだった……。
「時空を超えれば、何の問題も無い……。
だが、僕だけじゃない……。美菜隊員を連れて行くとしても、それでは恐らく、彼女の体に負荷が掛かり過ぎる……」
純一少年の答えはこうだった……。
「とりあえず、緊急脱出用のカプセルに乗り込み、美菜隊員と二人を僕の皮膚で丸く包んでカプセルの内側をカバーするように強化し、カプセルごと質量を限りなく低下させたんです。そうすれば慣性が低下し、爆発の影響は暖簾に腕押しで緩和されますからね。
カプセルと一体となった僕は、自分の内部に包んである空気で酸素を補給しながら、重力を操作して地上に落下しました。最初は地球の重力に捉えられるよう大きくして、落下が始まったら、逆に燃え尽きない様に質量を減少させて……。
その間の温度調節は、自分の左右の掌でカプセルの外壁を温めたり、冷却したり、本当に大変でしたよ。あと……、熱圏と中間圏の、電離層のあたりの太陽風などが少し不安でしたが、カプセルの外装が宇宙線やプラズマの影響から、なんとか僕たちを防いでくれたようですね……」
そう言って、小さく笑う純一少年に向かい、美菜隊員は呆れた様なタメ息を吐く。
「君って本当に化け物ね……」
「僕は只の弱虫な人間ですよ。で、どうします、美菜隊員? おめおめと生き残っちゃいましたよ」
「とりあえず、隊長たちに連絡するわ。助けに来るように。それからシャワーね。そして食事をして、ゆっくり眠りたい。体力を充分に回復する必要があるもの……。
だって……、また明日から、いつ敵にまわるか分からない、この化け物の尻拭いをさせられるんだものね……」
美菜隊員は広がる青い空を眺め、その質問にそう答えていた。
(注)海抜高度100キロメートルに引かれた仮想の境界線。一般に宇宙空間とはこの外側を言う。尚、月と地球がお互いの引力で公転していることからも分かるように、重力はこの外側にも当然働いているし、希薄ながら大気も存在している。
「純一、いいえ、要鉄男君、本当のことを言って。君はどっちの味方なの?」
「どっちの? 僕はどっちの味方でもないですよ。でも、今回に限って云うと、あなた方の味方かなぁ……。あのエイリアンは、僕のこと、蹴りましたからね」
「そっか……。それは悪いことをしたわね。このジズはこれから大気圏を飛び出し、そのまま自爆するの。正直、君のことが信じられなくてね。結局、君は誰かを騙してこれを見つけてしまうんじゃないかって……。だから私は、君をここに態と連れ込んで、自爆の設定をしたのよ。ご免ね。私も一緒に死ぬから、それで許してね……」
「参ったなぁ。大気圏外か……。流石に弱ったな……。『十の思い出』も耀子で使っちゃたから『狐の抜け穴』も使えないし……。さて、どうしたものかな?」
「あら、まだ助かる心算? 図々しいのね」
「とりあえず、キスさせてくれません?」
「ご自由に。でも、それだけでいいの? 人生の最後だって云うのに……」
「そんな時間あるんですか? 他に何か楽しいことが出来る程の……」
純一少年はテーブルをぐるりと回って、座ったまま目を閉じた美菜隊員の顎に手を添えて、彼女に軽くキスをした。
「そうね、あと30秒位かな……」
美菜隊員は、キスを終えると純一少年に残りの時間を軽く答えた。そして、そのまま眠りに落ちていく自分を、不思議だなぁと感じたのだった。
それから1分も経たないうちに、巨大戦艦は火の玉へと姿を変えていた。
正確には、そこは厳密な意味の大気圏外ではなく、宇宙空間と地球圏の境を示すカーマンライン(注)を超えた辺りだったのだが、熱圏と呼ばれる空間にまで離れていても、ジズ程の戦艦の大爆発は地上でも十分に観測できるものとなった。
しかし、残念ながら、純一少年も、美菜隊員も、その壮大な天体ショーは目にすることは出来ない。なぜなら、彼ら二人は、その戦艦の中に取り残されていたのだから……。
そして今、彼らは地上の公園の芝生の上にいる。勿論、美菜隊員の世界の地上だ。
近くに
目を覚ました美菜隊員は、最初、ここは死の世界かと考えた。しかし、彼女はまだ生きている。そして隣では殆ど全裸の純一少年が仰向けに寝転んでいた。彼女はそれを取ると自分も下着姿になってしまうのだが、仕方なく隊員服を脱いで少年の体に被せた。その弾みか、純一少年もそれで眼を醒ます……。
「純一、ここは何処なの? 随分経っているみたいだけど」
「あれから5時間近くは経っていますよ。場所は多分、日本のどこかだとは思うんですけどね……。もう落ちそうだったので、降りられる場所に直ぐに着陸しましたよ……。
美菜隊員の携帯は使えるんじゃないですか? GPSで確認してみてください」
美菜隊員はスマホの地図アプリで、現在地を確認してみる。結果は、確かに純一少年の言う様に、日本の、それも原当麻基地に近い住宅地の公園だった。
少し安心した彼女は、続けて彼に尋ねる。
「5時間ですって? あたし、そんなに寝ていたの?」
「すみません、美菜隊員の協力がどうしても必要だったのです。殆ど仮死状態にまでしてしまいました。疲れたでしょう?」
「でも、どうやったの? この手品……」
あの時、純一少年の頭に先ず浮かんだのは、時空を越えることだった……。
「時空を超えれば、何の問題も無い……。
だが、僕だけじゃない……。美菜隊員を連れて行くとしても、それでは恐らく、彼女の体に負荷が掛かり過ぎる……」
純一少年の答えはこうだった……。
「とりあえず、緊急脱出用のカプセルに乗り込み、美菜隊員と二人を僕の皮膚で丸く包んでカプセルの内側をカバーするように強化し、カプセルごと質量を限りなく低下させたんです。そうすれば慣性が低下し、爆発の影響は暖簾に腕押しで緩和されますからね。
カプセルと一体となった僕は、自分の内部に包んである空気で酸素を補給しながら、重力を操作して地上に落下しました。最初は地球の重力に捉えられるよう大きくして、落下が始まったら、逆に燃え尽きない様に質量を減少させて……。
その間の温度調節は、自分の左右の掌でカプセルの外壁を温めたり、冷却したり、本当に大変でしたよ。あと……、熱圏と中間圏の、電離層のあたりの太陽風などが少し不安でしたが、カプセルの外装が宇宙線やプラズマの影響から、なんとか僕たちを防いでくれたようですね……」
そう言って、小さく笑う純一少年に向かい、美菜隊員は呆れた様なタメ息を吐く。
「君って本当に化け物ね……」
「僕は只の弱虫な人間ですよ。で、どうします、美菜隊員? おめおめと生き残っちゃいましたよ」
「とりあえず、隊長たちに連絡するわ。助けに来るように。それからシャワーね。そして食事をして、ゆっくり眠りたい。体力を充分に回復する必要があるもの……。
だって……、また明日から、いつ敵にまわるか分からない、この化け物の尻拭いをさせられるんだものね……」
美菜隊員は広がる青い空を眺め、その質問にそう答えていた。
(注)海抜高度100キロメートルに引かれた仮想の境界線。一般に宇宙空間とはこの外側を言う。尚、月と地球がお互いの引力で公転していることからも分かるように、重力はこの外側にも当然働いているし、希薄ながら大気も存在している。