別れの挨拶(10)

文字数 2,033文字

 縫絵は、それまでの怒った表情から一変し、柔らかい表情に変わった。

「先ず、その、うじうじした態度を()めること。私の大好きな鉄男は、もっと恰好良かったぞ……。そして、いつまでも過去に縛られていないこと。このままだと鉄男の面倒は、死んじゃった私が、ずっと見なきゃならないじゃない。
 いい加減、新しい生き方を始めなさいね。あなたのことを愛してくれる人だって、ここには沢山いるのだから……。
 でも……、私のこともちゃんと忘れないでいるんだぞ!」
 そう言って、縫絵は左手を、先程と反対の方向へと横に薙いだ。すると哲夫の首に巻き付いていたロープが外れ、縫絵の袖口の中に巻き尺の様に巻き取られていく。

「こっちに来て。その腕輪を外してあげる」
「でも……」
「嫌って言ったのは嘘よ。私は生きている時に誓ったの。『鉄男の言うことなら何でも聞く』ってね。だから、あなたが世界征服をすると言えば私は手伝うし、世界を崩壊させると思うのなら、それは私が手を汚すわ。
 あの大悪魔は、鉄男を家来にして、汚名を全て鉄男に被せる心算だったようだけど、鉄男がそうするのであれば、汚名は私が全て被る。だから、今度も、これからどうするかはあなた次第よ。私は従うわ。あなたが何を望もうとも、私はあなたを殺したりしない」
 純一少年は動けなかった。そんな純一少年のところに、縫絵は近づいていき、彼の左腕に嵌っている腕輪のパスワードを入力し、腕輪(それ)を外した。

 縫絵は純一少年を見つめ、彼に願う……。
「鉄男、お願いが二つあるの……」
「お願い?」
「あなたが闘うと言うのであれば、私はいつだって鉾にでも楯にでもなるわ。でも、闘いを()める時が来たら、私をその左手の指から消して欲しいの」
「でも、これは縫絵さんの思い出の……」
「そんなの思い出じゃないわ……。
 それは、あなたが、大切な人たちを使役させているだけのものよ……。
 思い出とは、心の奥にそっと育んでおくもの……。私は鉄男の心に、思い出としてずっと残っていたい……。いつか、その時が来たら、ぜひ考えて欲しい。それと……」
 縫絵は少し笑って美菜隊員の方を向いた。
「私、残りの時間で、多摩川美菜さんと二人っきりでお話がしたいの……。ほんの少し、部屋から出て行ってくれないかな?」
 純一少年は言われる儘に、そのまま寝室から黙って出て行こうとする。だが、その彼の背中に、「待て」とばかりに縫絵は言葉を掛けた。
「服は着て行ってね。トランクス一枚で部屋の外で待っている姿って、かなり変だからね。鉄男は良くても、私や美菜さんが恥ずかしいんだからね!」

 5分程経って、美菜隊員がドアを開き、純一少年を部屋に招き入れた。既に、その時、縫絵は霧となって消えている……。

 美菜隊員は、彼がリビングのソファに腰かける前に質問を投げ掛けた。
「純一、君はこれからどうするの?」
「僕は元の世界に帰ります……」
 美菜隊員は先にソファに腰を降ろし、一旦目を閉じてから、「そうか」と言って、少しだけ微笑んだ。
「でも、すぐ戻りますよ。元の世界に行って、両親と妹に会い、『僕はこっちの世界で落ち着くことにした。だから心配しないで』って伝えたいんです。それと……。
 韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)には、僕の他に妹の分の(えん)も仕込まれていて、あいつも時間を操れるようになってしまったんです。ですから、耀子にも、『安易に時間は戻すな』って伝えなきゃいけません。あ、そういえば、落ち着くって言っても、まだ契約を済ませてないな……」
「時間を戻すのは、もう止めたのね」
「ええ、縫絵さんにあれだけ言われちゃ、時を戻すことなんて出来ないでしょう?」
「で、契約って何?」
「ええ。僕、あれからまだシャワー浴びていないんです。あと一時間もすれば、肩の怪我が治ります。そしたら、シャワーを浴びようかと思っています。特に急いでいる訳でもないですし……。で、その前に仮契約でも出来たら嬉しいんですけど……」
「だから、契約って何よ?」
「残りの僕の人生で、美菜隊員の人生を買い取りたいのです。これからは、ずっと腕輪を着けていようと思うし、思い出も開放しようかと思います。ですから、僕は普通以下の人間になっちゃいます。そんな僕で申し訳ないんですけど……、何とか検討して貰えませんかねぇ? 僕と暮らすってことを……。そうすれば、風呂上りに手付けも打てるし」
 美菜隊員は苦笑いをした。
「手付けって、手を付けるって意味じゃないわよ。でも、いいわ。君は身勝手な大悪魔だったんだものね……。縫絵さんが言っていた……。君に好きになって貰うには、君のこと思いっきり好きになることだって。それに、思いっきり好きじゃないと、あの身勝手な悪魔となんか、とても付き合ってなどいられないって……」
「酷いなぁ……」
「コーヒーでも淹れるわね。肩の傷が治るまで、これから先のことを少し、二人でお話しましょうよ」
 そう言うと、仮契約の話を待たず、美菜隊員はキッチンの方へとコーヒーを入れに行ってしまった。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

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