別れの挨拶(9)

文字数 2,612文字

 純一少年と美菜隊員は、二人が暮らしていた寝室で、お互いの過去をコイバナでもするかの様に語り合っていた。

「今回、僕たちと闘ったのは時を操る大悪魔です。僕は、それを狙っていた訳ではありません。でも、偶然、僕は奴の能力を手にすることが出来ました。僕の剣で悪魔の生気を吸収すると、僕と妹は、その能力を奪い取ることが出来るのです」
「つまり、純一は、時を操ることが出来るようになったと云う訳ね……」
「はい……。そして、あの悪魔の能力を吸い取り、自分の能力に出来てからは、僕は一つのことが、ずっと頭から離れませんでした。『これで、やり直せる』と……」
「それで、元の世界に戻ると云うの?」
「ええ、そうです。過去の僕に『彼女のことが大事なら、このまま、彼女と別れろ!』と忠告するのです……。
 分かったでしょう……?
 これが、僕がこの世界から離れる理由です。分かっています。『そんな過去に、何でいつまでも……』って美菜隊員も言いたいのですよね? でも、僕はこの程度の男なんです。買い被られても困ります」
「言わないわ。で、過去を変えたら、彼女と暮らすの?」
「下丸子隊員にも言ったのですが、彼女とは別れてくるのですよ……」
「そうか……、残念ね」
「ええ……。じゃ僕は、美菜隊員と話すことを話し終えました」
 純一少年は、少し寂しそうに、ニッコリと微笑んだ。

「『十の思い出』の盈さんを召喚してから、もう24時間は経ったでしょう? そろそろ、この魔封環を外して貰おうと思います」
 純一少年はそう言うと、左手の薬指を額に当てた。そして、白い霧が新たな『思い出』を創り出す……。
 美菜隊員は、以前、彼が『十の思い出』を説明するときに、左手の薬指について説明した言葉を思い出していた。
「左手の薬指には恋人がいる……」

 段々と鮮明になっていくその女性は、細身で黒のスーツに黒メガネのキャリアウーマン風の女性だった。美菜隊員は正直「あれ?」と思わずにはいられない。
 昨日、月宮盈と云う女性を召喚した時、恐ろしくはあったけど、彼女はとても美しい女性だった。そんな女性を差し置いて、純一少年が『恋人』と、死んだ後も呼び続ける女性……。美菜隊員は、さぞ美しい人ではないかと想像していたのだが、実際は、意外と地味な、もしかすると、自分の方が綺麗なんじゃないかと思う女性だった。
 そして、それ以上に驚いたのが、彼女は、彼の数年前の思い出の姿である筈なのに、既に自分より幾つも年上に見えることだった。
 美菜隊員は、彼女はきっと純一少年の小学校か、中学の憧れの先生の姿だったのではないかと思った。少年期には良くあることだ。

「縫絵さん、すみませんが、僕の魔封環を外してください。ネイピア数の小数点以下10桁の入力が必要なのです」
「嫌よ!」
 腕を組んだ彼女は、怒ったように紋切り型の口調で言い切る。そして、左手を逆水平に横に振ると、彼女の袖口から金色の細いロープが、幾本も純一少年に首に巻き付いた。
「鉄男は、過去を変えようとしている。そんなことは絶対許さない! もし、どうしてもすると言うのなら、私が今、この場で鉄男を殺すわ!!」
「縫絵さん?」
「出来ないとでも思っているの? 馬鹿にしないでね……」
「僕だって、いつまでも縫絵さんに守られなきゃならない戦闘力じゃないですよ。縫絵さんが本気なら、僕だって本気で闘いますよ」
「悪魔の能力もない癖に? 滑稽だわ鉄男」
 思い出の縫絵は、態とらしく口に手をあてて笑い出した。

「あの……、縫絵さん。鉄男さんは、あなたのことを思って……」
「美菜さん、あなたは黙っていて! これはまだ、鉄男と私の問題なの!!」
 助け船を出そうとした美菜隊員だったが、縫絵に一蹴された。

「縫絵さん、僕が何をしようとしているか、分かっているのですか? 僕は縫絵さんが死なない様に……」
「自分が何をしようとしているか分かっていないのは、鉄男、あなたの方よ。鉄男は私たちの大切な思い出を消そうとしている。あれは、二人が過ごした大切な時間なのよ。私もあなたも長い時間を生きている。でも、あの時間ほど私にとって大切な時間は無いの! 鉄男は違うの?」
「でも……。僕がそれをすれば、縫絵さんは死なずに済むんですよ」
「どうして、そんなことが言い切れるの? 私が福岡に行ったら、そこで交通事故に遭って死ぬかも知れないのよ。そうしたら、こう言う心算? 『道路で何か汚い生き物の死骸があるや、でも僕には関係ないや』って」
「でも……」
「あれは自殺ではない……。けれど、私の意志で死を選んだんだと思うし、間違ってないとは私にも言い切れないけど、鉄男にであっても、それを否定されたいとは思わない!」
「縫絵さん!」
「私が大宰府に行ってしまうと、鉄男と私は遠野には行かないのよ。そしたら、オシラサマにも逢えないし、政木の大刀自ともお話が出来ない。あなたは、あの記憶も消してしまいたいの? それに、私がもし死ななかったら、沼藺(ぬい)はどうなるの? 彼女、私の生まれ変わりなのよ。あなたが歴史を変えた途端、彼女は消滅してしまうかも知れないのよ。そうしたら、彼女を実の子のように育てたオシラサマはどうなるの? あの方たちは、時間が戻っても、それを全て把握できるのよ。ずっと大切に育てた沼藺は、あなたの我儘で、あの方たちの手から蒸発してしまうのよ」
「沼藺……」
「沼藺だけじゃないわ。耀子ちゃんだって、きっと今でも一所懸命生きている。その歴史が変わってしまうのよ。その努力は、一体誰が補填してくれるって云うの? もし耀子ちゃんが、また酷い目に遭ったり、殺されたりしたら、あなた、どう責任を取るの? 他にも、ここの世界の人たち、新田美菜さん、沼部大吾さん、みんな良くしてくれたでしょう? それが無くなっちゃうのよ?
 みんなの親切は、鉄男にとって、簡単に消して良いものなの?
 それとね……、鉄男がもし、私を引き留めなかったら、あなたはこの世界にきっと来ていない。そうなると、鉄男は時間を戻す能力を得られない。すると今度は、鉄男は私を引き留められない。これは何度も何度も交互に繰り返すことになる。この状態になると、あなたの行動は、するとしないとで振動を起こす。この振動は世界を破壊しかねないわ。私たちの世界と美菜さんたちの世界、それが二つとも崩壊してしまうかも知れないのよ。それでもいいの?」
「じゃあ、僕はどうすれば……」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

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