不思議な少年(3)
文字数 2,333文字
あれ以来、純一少年は、作戦室への出入りだけは許されているものの、何ひとつ部屋の物を触らせては貰えなくなった。そして、隊長をはじめとする、隊員たちの彼への態度は、腫れ物にでも触る様な、どこか余所余所 しいものとなっていた。
純一少年は、それについて、全く不満に感じてはいない。それどころか、そういう扱いこそが彼の望んだものなのである。
美菜隊員は、そんな純一少年を時々横眼で眺めながら、他の隊員と全く溶け込もうとしない彼を、彼自身が望むこととは知りながらも、酷く心配に感じていた。
部屋に純一少年が戻る時、一緒に美菜隊員も待機させられる。それは、極秘任務として美菜隊員に純一少年の完全監視が命じられており、作戦参謀がそうするよう直々に隊長に命じていた為だったのだが、表向き、その指示の意図は、新田参謀の息子に対する異常なまでの甘やかしによるものと思われていた。
その日も、いつもと同じ様に、美菜隊員と純一少年は一緒に自室での休憩に入った。
美菜隊員は、寝室で直ぐに迷彩色の隊員服を脱ぎ下着姿になると、部屋着を彼女の箪笥から取り出した。純一少年はと云うと、そのままの姿でベッドに横になっている。
「先にシャワーを浴びていいかしら?」
「ええ、いいですよ。僕はそれまで、ここで横になっていますから……」
美菜隊員は、部屋着と替えの下着を持ってシャワー室へと向かった。
水圧を強めにして、美菜隊員は顔からシャワーを浴びる。
別段、あの少年のことを自分が好きだという訳ではないと思う。生贄なので彼の行為を拒否する訳にいかず、仕方なくキスしているだけの間柄だ。とは言っても、彼は自分にキスしかして来ない。それ以上、彼は必要ないと言っている。それが少し物足りなく感じている自分も、間違いなくここにいる。
彼、要鉄男が、この部隊に溶け込まないのを、自分は心配している。何故だろう?
それは逆を考えたら良く分かる。彼がここに溶けこむと云うことは、自分たちのメンバーの一員になると云うことだ。だが、彼はそうなろうとはしない。メンバーの一員でない彼は、いつ敵になるか分からない、あるいは何時去って行ってしまうかも知れない……。それが自分は心配なのだ。
美菜隊員はシャワー室から出ると、バスタオルで髪を拭 う。その時、彼女は人の声が聞こえたような気がした。彼女が意識して耳を澄ますと、意味までは分からないが、確かに誰かの声が寝室の方から聞こえてくる。
彼女は下着の上からバスタオルを体に巻き、シャワー室の隠し棚から銃を取り出した。そして、その銃を構えながら、物音を立てないように注意して寝室へと近づき、ばっとドアを開ける。
だが、そこには純一少年しかいなかった。
「君、今誰かとコンタクトを取っていなかった? 正直に言わないと、撃ち殺すわよ」
「聞かれちゃいましたね。一応、言っておくけど、正直に言っても、内容次第で、美菜隊員は僕を撃ち殺すんじゃないんですか?」
彼が話をする振りをして、自分の油断を誘おうとしているとまでは思わないが、美菜隊員は以前、銃口を向けた状態で隙をつくって、純一少年に組み伏せられている。今回は、そうはいかないと、彼女も構えを崩しはしない。
そんな彼女を見て、純一少年はその体制のまま、話の続きを始めた。
「美菜隊員が信じているか分からないけど、僕は時空を旅しているのです。その時空のひとつで、僕は凄い能力を教わりました。それが『十の思い出』と云う能力です。
これは、左右の指十本に僕の大切な思い出の人たちを収めて、その人たちを実体化させることが出来るものなのです。勿論、当人そのものではありません。そして、記憶を持ってもいません。ですが、実体化する時に、僕の記憶をスキャンして、一応、記憶があるように振舞うことが出来ます」
「今、君と話していたのは、君の思い出だと言うの?」
「ええ、そうです。この能力は一日一回程度、同じ指では一週間程度、間を開けなければなりません。ですから、今お見せすることは出来ないのです。僕の左手には、僕の家族が収められています。親指に父、人差し指に母、中指に兄というべき隣の喫茶店のマスター、薬指には僕の恋人……」
美菜隊員は、少しビクッと反応した。
「小指には僕の最愛の妹。右手の指には僕が生きていくために、フォローしてくれる強い者たちが収められています。親指に僕の格闘の師匠、人差し指に未来を教えてくれる老婆、中指には僕のライバル……って言ったら怒られるかな? 真久良っていう奴、薬指には月宮盈という女性、小指には白瀬という高校時代のクラスの女子生徒。彼らは実体化しても僕の家来ではありませんから、言うことを聞くかどうか分かりませんけどね……」
「証明できる? 君が侵略目的を持っていないことを、宇宙人とコンタクト取っていたのではないってことを」
「それは無理ですね。翌日、誰かを実体化させて見せても証明にはならないでしょう? 撃ちますか? 構いませんよ。でも、そんな銃では僕は殺せませんよ」
それを聞いて困惑した美菜隊員から、純一少年はあっさりと銃を奪い取り、その銃口を自らの蟀谷 に当てがった。そして唖然としている美菜隊員を無視して、その引き金をそのまま引く……。
それにより、銃口から実弾と硝煙、そして大きな銃声が噴出した。
当然のことではあったが、数分後、彼らの部屋に、他の隊員が次々となだれ込んでくる。美菜隊員は、それが純一少年が拳銃を悪戯して暴発させた音だと、皆に散々説明しなくてはならなかった。当の純一少年は、そんな姉を尻目に、その間を利用して平然とシャワーを浴びていたのである。
そんなこともあり、その後、純一少年は拳銃の扱いも禁止された。
純一少年は、それについて、全く不満に感じてはいない。それどころか、そういう扱いこそが彼の望んだものなのである。
美菜隊員は、そんな純一少年を時々横眼で眺めながら、他の隊員と全く溶け込もうとしない彼を、彼自身が望むこととは知りながらも、酷く心配に感じていた。
部屋に純一少年が戻る時、一緒に美菜隊員も待機させられる。それは、極秘任務として美菜隊員に純一少年の完全監視が命じられており、作戦参謀がそうするよう直々に隊長に命じていた為だったのだが、表向き、その指示の意図は、新田参謀の息子に対する異常なまでの甘やかしによるものと思われていた。
その日も、いつもと同じ様に、美菜隊員と純一少年は一緒に自室での休憩に入った。
美菜隊員は、寝室で直ぐに迷彩色の隊員服を脱ぎ下着姿になると、部屋着を彼女の箪笥から取り出した。純一少年はと云うと、そのままの姿でベッドに横になっている。
「先にシャワーを浴びていいかしら?」
「ええ、いいですよ。僕はそれまで、ここで横になっていますから……」
美菜隊員は、部屋着と替えの下着を持ってシャワー室へと向かった。
水圧を強めにして、美菜隊員は顔からシャワーを浴びる。
別段、あの少年のことを自分が好きだという訳ではないと思う。生贄なので彼の行為を拒否する訳にいかず、仕方なくキスしているだけの間柄だ。とは言っても、彼は自分にキスしかして来ない。それ以上、彼は必要ないと言っている。それが少し物足りなく感じている自分も、間違いなくここにいる。
彼、要鉄男が、この部隊に溶け込まないのを、自分は心配している。何故だろう?
それは逆を考えたら良く分かる。彼がここに溶けこむと云うことは、自分たちのメンバーの一員になると云うことだ。だが、彼はそうなろうとはしない。メンバーの一員でない彼は、いつ敵になるか分からない、あるいは何時去って行ってしまうかも知れない……。それが自分は心配なのだ。
美菜隊員はシャワー室から出ると、バスタオルで髪を
彼女は下着の上からバスタオルを体に巻き、シャワー室の隠し棚から銃を取り出した。そして、その銃を構えながら、物音を立てないように注意して寝室へと近づき、ばっとドアを開ける。
だが、そこには純一少年しかいなかった。
「君、今誰かとコンタクトを取っていなかった? 正直に言わないと、撃ち殺すわよ」
「聞かれちゃいましたね。一応、言っておくけど、正直に言っても、内容次第で、美菜隊員は僕を撃ち殺すんじゃないんですか?」
彼が話をする振りをして、自分の油断を誘おうとしているとまでは思わないが、美菜隊員は以前、銃口を向けた状態で隙をつくって、純一少年に組み伏せられている。今回は、そうはいかないと、彼女も構えを崩しはしない。
そんな彼女を見て、純一少年はその体制のまま、話の続きを始めた。
「美菜隊員が信じているか分からないけど、僕は時空を旅しているのです。その時空のひとつで、僕は凄い能力を教わりました。それが『十の思い出』と云う能力です。
これは、左右の指十本に僕の大切な思い出の人たちを収めて、その人たちを実体化させることが出来るものなのです。勿論、当人そのものではありません。そして、記憶を持ってもいません。ですが、実体化する時に、僕の記憶をスキャンして、一応、記憶があるように振舞うことが出来ます」
「今、君と話していたのは、君の思い出だと言うの?」
「ええ、そうです。この能力は一日一回程度、同じ指では一週間程度、間を開けなければなりません。ですから、今お見せすることは出来ないのです。僕の左手には、僕の家族が収められています。親指に父、人差し指に母、中指に兄というべき隣の喫茶店のマスター、薬指には僕の恋人……」
美菜隊員は、少しビクッと反応した。
「小指には僕の最愛の妹。右手の指には僕が生きていくために、フォローしてくれる強い者たちが収められています。親指に僕の格闘の師匠、人差し指に未来を教えてくれる老婆、中指には僕のライバル……って言ったら怒られるかな? 真久良っていう奴、薬指には月宮盈という女性、小指には白瀬という高校時代のクラスの女子生徒。彼らは実体化しても僕の家来ではありませんから、言うことを聞くかどうか分かりませんけどね……」
「証明できる? 君が侵略目的を持っていないことを、宇宙人とコンタクト取っていたのではないってことを」
「それは無理ですね。翌日、誰かを実体化させて見せても証明にはならないでしょう? 撃ちますか? 構いませんよ。でも、そんな銃では僕は殺せませんよ」
それを聞いて困惑した美菜隊員から、純一少年はあっさりと銃を奪い取り、その銃口を自らの
それにより、銃口から実弾と硝煙、そして大きな銃声が噴出した。
当然のことではあったが、数分後、彼らの部屋に、他の隊員が次々となだれ込んでくる。美菜隊員は、それが純一少年が拳銃を悪戯して暴発させた音だと、皆に散々説明しなくてはならなかった。当の純一少年は、そんな姉を尻目に、その間を利用して平然とシャワーを浴びていたのである。
そんなこともあり、その後、純一少年は拳銃の扱いも禁止された。