別れの挨拶(5)
文字数 2,408文字
純一少年が下丸子隊員に起こされた時、部屋の中には、鵜の木隊員が既に来ていて、リビングのソファに座わり寛いでいた。
「じゃぁ鵜の木隊員、頼みます」
そう言って、部屋から出て行く下丸子隊員に、鵜の木隊員は「おう」と返事をし、少し寝ぼけ気味の純一少年に、質問の乱射を仕掛けてくる。
「大分眠そうだな? 大丈夫か? 大悪魔にはその位は問題ないか。ところで、あの真久良 って奴は元気かなぁ? あいつも実は、悪魔なのか?」
「真久良さんは大悪魔じゃありません……。彼は多分、元気だと思いますよ……」
これは嘘だ。尾崎真久良は既に死んでいる。彼らが見たのは、『十の思い出』の中にある真久良の幻でしかない。
「あいつにまた会いたいなぁ。なんか気障で冷たい感じなんだけど、面白い奴だったよなぁ。あいつに射撃勝負の借りを返さないといけないしな……」
「真久良さんに『面白い奴だ』なんて言ったら、彼、本気で怒りますよ」
「そうだな。冗談が通じそうもない顔していたものな……。で、純一はこの世界から出て行っちまうのかい?」
「藪から棒ですね……。ええ、済みませんが、そうさせてください」
「そうか、折角仲良くなれたのにな……。そうなると、俺、真久良って奴にも会えなくなるのかなぁ?」
「恐らくそうなると思います」
「そうか、残念だなぁ。ま、でも純一には勝ったから、『よし』とするか」
「あれは、あんな銃を使ったからです。普通にやったら、僕の方が速いですよ!」
「じゃぁ、もし純一がこの世界に来ることがあったら、また勝負しようぜ。何度やっても俺の勝ちだと思うけどな……。いつか真久良にも勝って、宇宙一を目指してやるぜ」
「宇宙一だなんて、とてもとても……。僕の知る限り、真久良さんより、僕の妹の方が遥かに速いですね」
「何? ヨーコちゃんがか?」
「あれ? 僕、妹の名前言いましたっけ?」
「今度の作戦の名前が『オペレーションヨーコ』、純一の妹の名前だろう?」
「ああ、そうです。耀子です。速いですよ。悪魔の能力ですから」
「悪魔の能力? ずるいな、それは。その娘 と勝負するのは止めとくよ。その名前を聞いたら逃げるようにする」
「逃げられませんよ。悪魔の能力で速いんですから……」
「あ、そうか。ハハハハハ」
鵜の木隊員は、もう夜中だと云うのに大声で笑った。
そして彼らは、短い雑談を交わしたあと、純一少年はベッドに戻り、鵜の木隊員はソファに座ったまま、短い仮眠を取ることにしたのである……。
「何なんだ……?」
純一少年は、寝室まで聞こえてくるリビングからの怒号に流石に眼が醒めた。
時計を見ると、交替予定時間より30分も過ぎている。どうやらそれが原因で、沼部隊員が鵜の木隊員を叱責しているらしい。
彼は眠い目を擦りながらスリッパを履き、リビングへと沼部隊員を迎えに出た。
「沼部隊員、済みません、態々お呼びだてしたのに、寝過ごしちゃいました……」
純一少年が沼部隊員を見つけ、彼に謝罪を含めた挨拶をする。沼部隊員はソファに座ったままの鵜の木隊員を指さし彼に答えた。
「こいつが全て悪い。監視役の癖に、ここで熟睡し、俺に連絡するのをすっかり忘れてやがった……。大体、お前は普段から……」
「連絡するのを忘れたんじゃない。寝過ごしただけだ。お前だってこの前居眠りしていただろうが、作戦室のテーブル席で……」
「重大さが違うだろう? お前は監視役を言いつかっている癖に、俺への連絡を忘れると云う史上最悪のミスを犯したんだ。少しは反省しろ! この馬鹿!!」
純一少年はそんな二人のやり取りを見て、最初は仲裁する心算だったのだが、なんだか羨ましくなって、つい笑い出してしまう。
「本当、二人は仲がいいんですね」
沼部隊員は不満そうな表情になったが、あえて否定することはしなかった。そして彼も、今一番、聞きたい本題を純一少年にぶつけて来る。
「純一君、やっぱり行ってしまうのかい?」
「ええ……。沼部隊員には、随分とお世話になりました」
「俺は何もしてないよ。それに、約束したことも、結局は果たせなかった……」
「約束したこと?」
「純一君を闘いに巻き込まないことさ」
「それは無理です。僕が僕である限り、僕に争いは付いて回ります。沼部隊員のせいではありませんよ。僕は奴との闘いだって、逃げることが出来たんです。でも、僕は闘いました。この世界を守る為だけではありません。僕は、あいつをやっつけたかったのです」
「俺が純一でもそうするね。あいつは許せない奴だった!」
「鵜の木、お前は黙ってろ!」
鵜の木隊員の合いの手に、沼部隊員が文句を言う。
「でも、沼部隊員は、いつも僕を守ってくれてました。僕は、とても感謝しています」
「で、矢張り、俺たちに正体がバレちまったからなのか? この世界を離れるのは……」
「それもあるかも知れませんが、でも、どちらかと言うと、あっちの世界でやることが出来たと云うのが一番の要因です。我儘を言ってすみません」
「そうか、俺はまた、逃げ出すことにしたのかと思ったよ。ここでも、闘いを避けられなくなったって……。
ま、やることが出来たんじゃ仕方ないな。元気でやれよ」
「ありがとうございます……。沼部隊員も、お元気で……」
「ああ、そう言えば、あの時の礼を言ってなかったな。ありがとうな、下丸子と宇宙船から助け出してくれて」
「いえ、大したことありませんよ。あれも僕の、単なる気紛れです」
「そうか、そう云うことにするなら、それでもいいぜ。眠そうだな? 寝るか? じゃ、俺はここで時間まで起きてるよ……。こいつと違ってな……」
沼部隊員はそう言うと、不満そうな鵜の木隊員を親指で指差した。
純一少年は「うん」と頷き、寝室へと戻って行く。そして、鵜の木隊員は片手を上げ、沼図隊員に挨拶して自室に戻って行った。
沼図隊員はこの二人を送り出すと、黙ったままソファに腰を降ろし、腕を組んで静かに目を閉じたのである。
「じゃぁ鵜の木隊員、頼みます」
そう言って、部屋から出て行く下丸子隊員に、鵜の木隊員は「おう」と返事をし、少し寝ぼけ気味の純一少年に、質問の乱射を仕掛けてくる。
「大分眠そうだな? 大丈夫か? 大悪魔にはその位は問題ないか。ところで、あの
「真久良さんは大悪魔じゃありません……。彼は多分、元気だと思いますよ……」
これは嘘だ。尾崎真久良は既に死んでいる。彼らが見たのは、『十の思い出』の中にある真久良の幻でしかない。
「あいつにまた会いたいなぁ。なんか気障で冷たい感じなんだけど、面白い奴だったよなぁ。あいつに射撃勝負の借りを返さないといけないしな……」
「真久良さんに『面白い奴だ』なんて言ったら、彼、本気で怒りますよ」
「そうだな。冗談が通じそうもない顔していたものな……。で、純一はこの世界から出て行っちまうのかい?」
「藪から棒ですね……。ええ、済みませんが、そうさせてください」
「そうか、折角仲良くなれたのにな……。そうなると、俺、真久良って奴にも会えなくなるのかなぁ?」
「恐らくそうなると思います」
「そうか、残念だなぁ。ま、でも純一には勝ったから、『よし』とするか」
「あれは、あんな銃を使ったからです。普通にやったら、僕の方が速いですよ!」
「じゃぁ、もし純一がこの世界に来ることがあったら、また勝負しようぜ。何度やっても俺の勝ちだと思うけどな……。いつか真久良にも勝って、宇宙一を目指してやるぜ」
「宇宙一だなんて、とてもとても……。僕の知る限り、真久良さんより、僕の妹の方が遥かに速いですね」
「何? ヨーコちゃんがか?」
「あれ? 僕、妹の名前言いましたっけ?」
「今度の作戦の名前が『オペレーションヨーコ』、純一の妹の名前だろう?」
「ああ、そうです。耀子です。速いですよ。悪魔の能力ですから」
「悪魔の能力? ずるいな、それは。その
「逃げられませんよ。悪魔の能力で速いんですから……」
「あ、そうか。ハハハハハ」
鵜の木隊員は、もう夜中だと云うのに大声で笑った。
そして彼らは、短い雑談を交わしたあと、純一少年はベッドに戻り、鵜の木隊員はソファに座ったまま、短い仮眠を取ることにしたのである……。
「何なんだ……?」
純一少年は、寝室まで聞こえてくるリビングからの怒号に流石に眼が醒めた。
時計を見ると、交替予定時間より30分も過ぎている。どうやらそれが原因で、沼部隊員が鵜の木隊員を叱責しているらしい。
彼は眠い目を擦りながらスリッパを履き、リビングへと沼部隊員を迎えに出た。
「沼部隊員、済みません、態々お呼びだてしたのに、寝過ごしちゃいました……」
純一少年が沼部隊員を見つけ、彼に謝罪を含めた挨拶をする。沼部隊員はソファに座ったままの鵜の木隊員を指さし彼に答えた。
「こいつが全て悪い。監視役の癖に、ここで熟睡し、俺に連絡するのをすっかり忘れてやがった……。大体、お前は普段から……」
「連絡するのを忘れたんじゃない。寝過ごしただけだ。お前だってこの前居眠りしていただろうが、作戦室のテーブル席で……」
「重大さが違うだろう? お前は監視役を言いつかっている癖に、俺への連絡を忘れると云う史上最悪のミスを犯したんだ。少しは反省しろ! この馬鹿!!」
純一少年はそんな二人のやり取りを見て、最初は仲裁する心算だったのだが、なんだか羨ましくなって、つい笑い出してしまう。
「本当、二人は仲がいいんですね」
沼部隊員は不満そうな表情になったが、あえて否定することはしなかった。そして彼も、今一番、聞きたい本題を純一少年にぶつけて来る。
「純一君、やっぱり行ってしまうのかい?」
「ええ……。沼部隊員には、随分とお世話になりました」
「俺は何もしてないよ。それに、約束したことも、結局は果たせなかった……」
「約束したこと?」
「純一君を闘いに巻き込まないことさ」
「それは無理です。僕が僕である限り、僕に争いは付いて回ります。沼部隊員のせいではありませんよ。僕は奴との闘いだって、逃げることが出来たんです。でも、僕は闘いました。この世界を守る為だけではありません。僕は、あいつをやっつけたかったのです」
「俺が純一でもそうするね。あいつは許せない奴だった!」
「鵜の木、お前は黙ってろ!」
鵜の木隊員の合いの手に、沼部隊員が文句を言う。
「でも、沼部隊員は、いつも僕を守ってくれてました。僕は、とても感謝しています」
「で、矢張り、俺たちに正体がバレちまったからなのか? この世界を離れるのは……」
「それもあるかも知れませんが、でも、どちらかと言うと、あっちの世界でやることが出来たと云うのが一番の要因です。我儘を言ってすみません」
「そうか、俺はまた、逃げ出すことにしたのかと思ったよ。ここでも、闘いを避けられなくなったって……。
ま、やることが出来たんじゃ仕方ないな。元気でやれよ」
「ありがとうございます……。沼部隊員も、お元気で……」
「ああ、そう言えば、あの時の礼を言ってなかったな。ありがとうな、下丸子と宇宙船から助け出してくれて」
「いえ、大したことありませんよ。あれも僕の、単なる気紛れです」
「そうか、そう云うことにするなら、それでもいいぜ。眠そうだな? 寝るか? じゃ、俺はここで時間まで起きてるよ……。こいつと違ってな……」
沼部隊員はそう言うと、不満そうな鵜の木隊員を親指で指差した。
純一少年は「うん」と頷き、寝室へと戻って行く。そして、鵜の木隊員は片手を上げ、沼図隊員に挨拶して自室に戻って行った。
沼図隊員はこの二人を送り出すと、黙ったままソファに腰を降ろし、腕を組んで静かに目を閉じたのである。