ホシミカミの誘惑から数日が経ち、ミリフィエールとヨダカは田園都市・ノスタジアに到着していた。
(あれから何度お名前をお呼びしても、ホシミカミ様は現れてくださらない……今は、傍においでではないのでしょうか……)
どうした、ミリフィエール? 顔色が優れないようだが……
……いえ、何でもありません。それにしてもヨダカ様、この町・ノスタジアは、とってものどかな雰囲気ですね!
名産は花らしいぞ。そこかしこに花畑がある
藤色、純白、淡い黄色。咲きみだれる花々のあまりの美しさに、ミリフィエールはうっとりと目を細めた。
そのとき、農具を積んだ馬車がゆっくりと近づいてきた。
舗装されていない道の土がかからぬよう、さっとミリフィエールを馬車から退けるヨダカ。
あっ、ありがとうございます。……ヨダカ様って、いつもわたくしを馬車からかばってくださいますよね
まあ、自分にとってタイセツな女性を守るのは、男として当然のことだからな!
ちっ、ちちち違うぞ!! タイセツというのは体を接したいという性的欲求を表す意味での『体接』であって……!!
私は若い男の子だからな!!
ヨダカ様、唐突に最低です!?!
引きます!!
……っ、と、とにかく!! ゆくぞ、ミリフィエール!!
(……そう、ここ数日で確信しました。ヨダカ様は、ちょっとわたくしにはよくわからない発言も多いけれど、とってもお優しいかた)
(わたくしは、このかたと婚姻を結ぶ。もう決まったことなのに。ホシミカミ様はどうして、わたくしにあのような行為を……)
ミリフィエール、『ヤミシドリ』の気配が近いと言っていたな。この辺りか?
言いかけたところに、ふと、郵便屋の制服を身にまとった女性が目についた。
チョコレート色の髪を、肩より少し上で切りそろえたその女性の年齢は、二十歳前後だろうか。健康的な肌色に、円らな瞳が印象的だ。
あのポストレディ……郵便配達員がどうかしたか?
女性は突然立ちどまったかと思うと、おもむろに、配達鞄の中から手紙を取りだし、高く掲げた。
こんな手紙、破ったって……ばっちゃんは赦してくれるだっ……!!
(!! やはりあのポストレディさん、『ヤミシドリ』憑きのかたですっ!)
ミリフィエールは『夜の鳥かご』を取りだし、急いで呪文を唱えた。
絶望に染まりし星の輩よ、夜の帳に抱かれて眠れ!!
『夜の鳥かご』に、『ヤミシドリ』が封じられると、ミリフィエールはそっと鳥かごに口づけをした。
女性は、訳がわからないといった風情で、その場にへなへなと座りこむ。
え、あれ……おら、今……お客様から預かった大切な手紙を……破ろうとした……??
全ては悪い夢。あなたには、悪しき精霊が取り憑いていたのです……ひとまずはもう、大丈夫ですよ
ミリフィエールが安心させるように優しく語りかけると、女性は、なぜかぶんぶんと頭を振り、泣きじゃくりはじめた。
うあああぁん、よくわかんないけど、おら、やっぱりポストレディなんて向いてないんだぁあぁ~! ばっちゃん、ごめんなさいぃ~!!
!? お、落ち着いてください! ど、どうしましょう…………あっ、そうです! 丁度トランクに綿あめ製造機が入っていました! 原料のザラメもばっちりです!! ほらほーら、これを食べて元気を出しましょう!
ミリフィエールはトランクから、本格的な綿あめ製造機を取りだしたかと思うと、器用な手つきで綿あめを作りはじめた。
丁度、綿あめ製造機とザラメが入っているトランクって一体どんなだ!? 大体、大の大人にそんな子供だまし、通用するわけが……