呼び名論争
文字数 2,253文字
自己紹介がまだだったな。私はヨダカ、こちらの鳥かごを持った天使……いや女性がミリフィエールだ! 貴方の名は?
マルケータ。マルケータ・イルクーだぁ。えへへ、綿あめ美味しかっただ、ごちそうさまでした~
ふふ、お粗末様でした。……先ほどの、お嘆きになっていたご内容について、お話いただいても?
……おら、故郷の村では一番若かったから、ちっこい頃から、走りまわる仕事は、おらがみーんな引き受けてただ。中でも郵便配達をすると、村の皆は届いた手紙をすっごく喜んでくれて。だからおら、将来はこんな笑顔がいっぱい見られるポストレディになろう! って決めてただ
もうお星様になってしまったけれど、おらの祖母……ばっちゃんは、ポストレディの勉強をがんばってるおらを、いつも褒めてくれてただ。それがうれしくて、誇らしくて……
心から幸せそうに述懐するマルケータの表情に、ミリフィエールは、あたたかい気持ちでいっぱいになる。
……おばあ様のこと、本当にだいすきだったのですね、マルケータ様
ひえっ!? まっ、“マルケータ様”なんて、おら、そんな大層なモンじゃないだよー! みーんな“マル”って呼ぶだ、おふたりもそう呼んでけろ~
静観していたヨダカが、ため息をついたかと思うと、つと口を挟んだ。
……ミリフィエール。丁寧なのは美徳だが、もう少し態度を崩したらどうだ? だいたい、貴方は以前知りあったと話してくれた“リタ”という女性のことは、呼びすてにしているじゃないか
お名前を敬称なしでお呼びするのと、ニックネームをそのまま呼びすてるのとでは、ハードルの高さが違いすぎます!
何だ、その謎基準は!? それでは、貴方とより親しくなりたい人間の気持ちはどうなる!!
そっ、そんな、わたくしのような存在と、好んで仲よくしたいかたなど、いらっしゃるはずが……
貴方は自分を過小評価しすぎだ!! 清楚でいてグラマーなヴィジュアルとか優しくてかわいすぎる性格とか面倒見のよさとか、貴方には、お近づきになりたくてたまらなくなる神がかった長所が、数えきれないほどあるだろう!!
だいたい貴方は、自分の魅力に無頓着すぎるのだ! 私が何度、貴方を押し倒してあんなことやこんなことをしたい欲求に駆られたと思って……!
ヨダカ様、道中、そのようなことを妄想されていたのですか!?
怖いです!!
ふたりとも、ケンカは……というか、それってケンカなんだか?? よくわかんないけど、とにかくやめるだ~! せっかくのご縁だぁ。少しずつでいいだよ、ミリフィさんのペースで仲よくなっていくだ~。ねっ、おらも「さん」付け!!
マルケータは、ミリフィエールとヨダカの間に割って入り、少し慌てつつも、無邪気な笑顔を向けた。
ふたりは毒気を抜かれたように大人しくなると、お互いとマルケータに謝罪をした。
……すまない、ミリフィエール、マル。少し取り乱した
わたくしも、申しわけありませんでした……。あ、あの、では……これからは、マル、さん……とお呼びしますね
それでマルさん、あなたがご自身を“ポストレディに向いていない”と思われる理由とは何でしょう??
ミリフィエールが問いかけると、マルケータはふるふると震えながら吠えた。
よくぞ訊いてくれただ。おら、おら……こんな都会に慣れてないから、複雑すぎて道を覚えられないんだぁあぁ!!
のどかな農道に、マルケータの絶叫がこだました。
いや、貴方は一体どんな未開の地で育ってきたん……うぐっ!?
ヨダカの真っ当なツッコミの真っ最中で、ミリフィエールはヨダカのわき腹にエルボーをお見舞いした。
す……すみませんヨダカ様、お話の腰を折りたくなくて、つい……!! えと……そうです、地図! この辺りの地図をお持ちですか、マルさん!?
ミリフィエールがいろいろな意味で焦りながら問うと、マルケータは誇らしげに、鞄から折りたたんだ紙を取りだした。
ふふー、ちゃんと先輩に書いてもらった特製のものがあるだよ! その先輩、『郵便配達界の疾風小僧(ポスト・ゲール・ボーイ)』という異名があるすごいかたなんだぁ!
でも、そのようなかたが作成された地図なら、きっとわかりやすく…………え?
ミリフィエールとヨダカのふたりが地図をのぞきこむと、そこには……。
何だ、この雑な字は! 地形も適当な殴り書きじゃないか!!
ミリフィエールとヨダカは、同時に声をあげた。
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