『星』と運命。そして――

文字数 3,228文字

 そしてやはり天才作家・アキヒメは、執筆(しっぴつ)速度自体(そくどじたい)も神がかっていた。

 半月(はんつき)がした現在(いま)、アキヒメの手中(しゅちゅう)にはずっしりとした重みの完成原稿(ラブレター)(おさ)められている。

 ミリフィエール、ヨダカ、アキヒメの三人は、キリエと待ち合わせた国一(くにいち)の美しい巨木(きょぼく)が公園へ()かう最中(さなか)
 ヨダカやミリフィエールは、口々(くちぐち)(ねつ)っぽく()げる。
すごい……我々(われわれ)も読ませてもらったが、(はじ)めてこのジャンルに進出(しんしゅつ)したとは思えないぞ……!?
わたくし、端々(はしばし)()いてしまいました……! あっぴぃはやっぱりすごいです!!
 アキヒメははにかんだ(・・・・・)ように笑うと、藤色(ふじいろ)をした封筒(ふうとう)(はい)った原稿(げんこう)をじっと見つめつつ、苦笑(にがわら)いをして(つづ)けた。
ありがとう、ふたりとも。……だが、(かり)にこの物語(ものがたり)がよい出来(でき)だとしても、告白(こくはく)成功(せいこう)とはまた、(べつ)(はなし)だからなぁ……
 ミリフィエールはアキヒメの手を、自身(じしん)両手(りょうて)でふわりと(つつ)みこんだ。

あっぴぃ。以前わたくしが、ホシミカミ様に“『星』を探すように”とお言葉をいただいたこと、お話したことがありましたよね

――古来(こらい)、星の位置(いち)によってひとびとは、(おのれ)の行く道のりを(はか)っていました。

だからわたくしは、ホシミカミ様はそれになぞらえて、わたくしにとっての『道標(みちしるべ)のような存在(そんざい)』を探せ、とおっしゃっているのだと思いました

……ああ
 ミリフィエールは、(ねつ)っぽい(ひとみ)()げる。

この国での(すべ)ての出逢(であ)い、ヨダカ様のお言葉。

そしてなにより、執筆中(しっぴつちゅう)、全ての要素(ようそ)(かんが)みながら、自分だけの物語を(つむ)ぎあげてゆくあっぴぃを見て思ったのです。


――その『星』は、自分の意志(いし)(えら)びとってもいい……選びとらなければいけないものなのだって。それはきっと、『恋の相手(あいて)』。


あなたはあなただけの『星』を決めました。どうか、その『(おも)い』が(みの)ることを信じて……

 アキヒメは、その言葉に目をわずかに(うる)ませた。

ああ。自分の幸せは、信じてやらないとな!


本当にありがとう、ふたりとも! ……行ってきます!!

 (すで)()(した)()いていたキリエを(みと)め、(かれ)(もと)()けてゆくアキヒメ。


 ふたりの微笑(ほほえ)ましい様子(ようす)(とお)くから(なが)め、ミリフィエールは(となり)のヨダカへぽつりと(つぶや)いた。

――(えら)そうなことを、言いました。


わたくしにはまだ、『覚悟(かくご)』など()てないのに……

彼女(かのじょ)の背中を()せたのは(たし)かだ。今はそれで、いいと思うぞ
ヨダカ様……

ああ、あっぴぃが来た。


――笑顔で迎えてやろうな、ミリフィエール

 それは、(はじ)めて見るヨダカの笑顔(えがお)

 しかし、その笑顔に(にじ)むのは、どこまでも(せつ)ない(いた)みなのであった。

ヨダカさ……

 不安になり、ヨダカへ呼びかけようとしたミリフィエールを不意(ふい)に、(なつ)かしい気配(けはい)(つつ)みこむ。


 同時(どうじ)(まわ)りの景色(けしき)()()せ、ミリフィエールとヨダカはまるで夜空(よぞら)()げだされたかのような感覚(かんかく)(おそ)われた。

よくできましたって言いたいところだけど……半分正解(はんぶんせいかい)半分不正解(はんぶんふせいかい)かな、ミリフィ。


(たし)かに『星』は(おの)ずから(えら)びとるもの。でもね――『運命(さだめ)』がそれを(ゆる)さないことも、確実(かくじつ)にあるんだ

 ミリフィエールを(みずか)らの『星』と決めたホシミカミが彼女(かのじょ)()きすくめ、やはり(せつ)なげにその(うつく)しい顔を(ゆが)めていた。
ホ……っ、ホシミカミ様っ!?
やあ、久しぶりだね、ミリフィ。それに、……ユダ(・・)
――……
(えっ。今、ホシミカミ様……ヨダカ様を『ユダ』って……?)
やめてくれ。()ずかしい(はなし)だが、当時(とうじ)は「よ」が上手(うま)発音(はつおん)できなかったのだ。……まったく、貴方(あなた)がミリフィエールにセクシャル・ハラスメントしていたときは、いきなり小芝居(こしばい)(はじ)めるから、()わせるのに苦労(くろう)したぞ
ごめんって。まさか『ヨダカ・ウィルクランツ』が『きみ』だなんて思わないじゃない。知ってたらぼくだって――。まあ、ミリフィを()でまわして堪能(たんのう)したのは、今も後悔(こうかい)してないけど
ふん、あのころ(・・・・)はとても話上手(はなしじょうず)なかただと思っていたが、今対峙(たいじ)したら(たん)なる()らず(ぐち)だな
おふたりとも、一体(いったい)なにを……

勘違(かんちが)いしてくれるなよ、ホシミカミ。

これは貴方(あなた)のためでも私のためでもない。すべてはミリフィエール……いや、『ミリフィおねえちゃん』のためということを――

ヨダカ様……っ?
(なにが()こっているのです? それに、『ミリフィおねえちゃん』って――)
 彼女(かのじょ)の中で、なにかざわざわとしたものが(ひろ)がる。
『ぼくのなまえ? んと、ゆー、だ……ユダ!』
『おねえちゃん、あそぼ!』
『だって、けん(・・)のおけいこはきらいなの。――きずつくのも、きずつけるのも()だもん』
『おねえちゃん、おねえちゃん……ごめんなさいぃっ……!』
あ、あ……
さあ、『(とびら)』を(ひら)くときだよ、ミリフィ。……ヨダカ、きみの(さだ)めた『解呪(かいじゅ)のコトノハ』を
 ミリフィエールは思わず()をすくめるが、ヨダカは()(けっ)したようにミリフィエールを見据(みす)え、ある言葉を(そら)んじた。
――“ミリフィおねえちゃんに、幸多(さちおお)からんことを”
……!!
(ヨダカ様は、コトノハにそのような文言(もんごん)を――)
 『解呪(かいじゅ)のコトノハ』は(おも)に神とヒトが契約(けいやく)をする(さい)()()める、その『(まじな)い』を()く『(かぎ)』となる言葉のことだ。

 ヨダカは、『(かぎ)』となるそれ(・・)に、ミリフィエールの幸せを(ねが)口上(こうじょう)(さだ)めた――。

 (かれ)(やさ)しさにきゅうっと胸が()めつけられる心地(ここち)だったが、刹那(せつな)姿勢(しせい)(たも)ちきれなくなり、ぐらりとからだが()らぐミリフィエール。(となり)にいたホシミカミが、その肩を当然(とうぜん)のようにふわりと()いた。


 耳許(みみもと)で、ホシミカミの(すこ)(さみ)しげな(こえ)がする。

ねぇ、きみの『星』はおそらく――
 そこで、ミリフィエールの意識(いしき)途絶(とだ)えた。
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登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

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