男同士の話。

文字数 2,984文字

 異空間の中、ホシミカミとヨダカの()り取りは続く。
――ヨダカは覚えているよね。あのとき(・・・・)のことを
当たり前だ。忘れるわけがない……決して、忘れてはいけない
 そう言って、ヨダカは(うれ)いを()びた(ひとみ)でミリフィエールを見つめた。
私は(おさな)いころ、貴方(あなた)の神殿に(まよ)いこみ……貴方(あなた)と、ミリフィお姉ちゃんに出合(であ)った
 ホシミカミが(いだ)くミリフィエールに、ヨダカは(ひざまず)く。そしてすっ、とその(すべ)らかな肌へ指を()れさせた。
神聖(しんせい)な場へ()みこんだにも(かかわ)らず、お姉ちゃんたちはあたたかく(せっ)してくれたことがうれしくて。


その後度々剣(ごたびたびけん)稽古(けいこ)を抜けだし、過ごしたふたりとの時間は、私にとってかけがえのないものだった。一緒(いっしょ)にお茶をしたり、絵本を読んでもらったり――ずっと、このままでいられたら――そう思っていた。だが……

(ぞく)が、侵入(しんにゅう)した。(おろ)かなことだよ、神殿なんて名ばかりで、内情(ないじょう)質素(しっそ)なものなのにね
私は、なにもかもにおいて甘えていた。まさか、思いもしなかったのだ。ミリフィお姉ちゃんが(・・・・・・・・・・)なんの(・・・)躊躇もなく(・・・・・)自分の足を(・・・・・)撃ちぬく(・・・・)なんて(・・・)
彼女は、常人(じょうじん)では考えられないほど治癒能力(ちゆのうりょく)の高いところがある……。それを見越(みこ)していたのだろう
 ホシミカミは、そう苦々(にがにが)しげに言葉をなすと、改めてミリフィエールをより近くへ抱きよせた。

 その様子に、ヨダカは確認するように(つぶや)く。

ずっと、不思議だった。ミリフィお姉ちゃんは男性がなぜ、あんなに苦手なのか。


失礼かもしれないが、お姉ちゃんは彼女の両親、どちらとも似ていないように思う。更には自分がどんな怪我(けが)()っても、(なお)りが驚異的(きょういてき)に早いことも知っている……。全てが(つな)がってゆくんだ。


彼女は、同居していた父親という存在に日々、(しいた)げられていたのではないか。そして本当の父親は――別にいるのではないか? と。



……ホシミカミ、私はあなたに問いたい。ミリフィお姉ちゃんは……

もしかしたら……『ひと』では、ないのではないか?
 ヨダカの言葉に、ホシミカミは目を(みは)った。

 そして、満足げに目を(ほそ)める。

なかなか(するど)いね。


……ただ、ミリフィの母親……シャルルの名誉(めいよ)のために言っておくと、シャルルは『未婚(みこん)の母』だった。


それも、相手は相当(そうとう)高位(こうい)な神――。

 ミリフィは『半神(はんしん)』と()ばれる存在なんだ、と付けくわえるホシミカミに、今度はヨダカが息を()む。

 この世界で未婚のまま子を(さず)かることは、(きわ)めて異例(いれい)

 ましてや、神の子を身籠(みごも)るなど前代未聞(ぜんだいみもん)だ。

(あせ)ったシャルルの両親……先々代(せんせんだい)の『星仕(ほしづか)え』だね、彼らは世間体(せけんてい)なんて(くだ)らないもののために『父親』を『用意』した。それが今のミリフィの父親、と()ばれているモノ
じゃ、じゃあ……ミリフィお姉ちゃんは、想像(そうぞう)もしたくはないが、その男にずっと……
 ホシミカミは(うす)く笑う。

 それはどこまでも清らかなのに、しかし底知(そこし)れない(やみ)をたたえていた。

(ゆる)すわけないでしょう。


そうだなぁ、次にミリフィを悲しませたら。きみにはとても聞かせられないような姿になっちゃうかもね?

 “神の『(まじな)い』って怖いよねぇ”。

 そう笑いかけるホシミカミに、ヨダカが、この(かた)(たし)かに『ひと』ではない……そう(あらた)めて自覚(じかく)する。


 それでも、ホシミカミは至極(しごく)大切そうに、(いと)しい女性(そんざい)をその腕に(いだ)くのだ。

ミリフィは自分の命には固執(こしつ)していないようだけれど、ぼくはまるで、止まるはずのない(おのれ)の心臓が(つい)えそうな心地(ここち)だよ。高位の『半神』とはいえ、神のごとく不死(ふし)にはなりえないもの。

(きず)を負えば負うほど、その寿命――ひととはもちろん(くら)べようもないほど(なが)らえるけれど――それは確実(かくじつ)(ちぢ)まってゆく

……それを、お姉ちゃんに話したのか?

ああ。だが、この子は笑って言うんだ。

“他のかたの『幸せ』のためなら、わたくしの命などどうなってもよいのです”ってね

だから、(ふう)じた。

きみの(いの)りと共に、その事実(じじつ)

 ホシミカミは彼女の(くれない)(かみ)一房(ひとふさ)すくい、くちづける。
今、ミリフィはきみとの記憶(きおく)辿(たど)っているはずだ。……うれしかったことも、つらかったことも全部、追体験(ついたいけん)しているだろう
私にはわからない! なぜ、その必要がある!? どうしてわざわざ、つらい思いまでもを()しかえすのだ!
(あらた)めて知ってほしかったんだ。ミリフィの(となり)には、ちゃんときみ(ヨダカ)がいるということ。ぼくはもう、『時間切れ』みたいだからね
なにを……

 不意(ふい)にホシミカミは、結界(けっかい)()いてみせる。

 気づくと三人は、ミリフィエールとヨダカが宿泊(しゅくはく)している木造(もくぞう)宿屋(やどや)の中にいた。

ここに座標(ざひょう)(うつ)してから結界を()ったんだよねー。

……いるんでしょう? 出てきなよ

 ホシミカミはそういって、窓の外を見遣(みや)る。

 そこにはひとりの、異国風(いこくふう)の衣装を身にまとう男がいた。

 ()りだした()の上にいるその男は、それはつまらなそうに(かざ)った自身(じしん)(つめ)をいじっている。ヴェールで口を(おお)っているが、目許(めもと)にはなぜか、強い既視感(きしかん)を感じさせた。

あ〜ら、よかった。もう少し(おそ)かったら、アンタの結界(隠れ家)ぶち(やぶ)ってたわよ?
(い、いわゆるオネエ様だろうか……? って、そうではなくて! 世界第三位(せかいだいさんい)の神であるホシミカミの結界を破る!? そんなの、世界第一位を持つ創造神(そうぞうしん)・ヨウミカミ様か、世界第二位の――)
 ひらひら、とヨダカに()かい手を()りながら、彼は朗々(ろうろう)()べる。

ハァイ、可愛(かわい)いイケメン予備軍(よびぐん)くん♡

アタシの名はサバキノカミ。

全ての(つみ)()べる、ヨウノカミの息子にして世界第二位の絶対的麗(ぜったいてきうるわ)(かみ)サマよ♡

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登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

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