キリエ・ユカワとアキヒメ・クドウ

文字数 1,785文字

 そのまま気を失ったアキヒメを連れ、一行(いっこう)はアキヒメの自宅へやってきた。

 合鍵(あいかぎ)()れた手付きで開け、アキヒメを蒲団(ふとん)へ寝かせた若々しい印象の男性は名刺(めいし)を差しだす。

(あらた)めまして、私、出版社にて編集者の職に()いております、キリエ・ユカワと(もう)(もの)です。この(たび)は『ヤミシドリ』? とやらからアキヒメ先生を救ってくださって、本当に本当に、どうもありがとうございました!

 途中(とちゅう)(おお)まかな事情(じじょう)は説明してあった。

 キリエはふたりの話を目を(かがや)かせて()き、ちゃっかり取材の約束までとりつけ()みだ。ほわほわとした見た目と裏腹(うらはら)に、かなりの()()なのだろう。

 ミリフィエールは、(うやうや)しく名刺を受けとり、それから蒲団(ふとん)寝入(ねい)るアキヒメを見つめた。

(お目々(めめ)(した)、ひどい(クマ)です……それにしても、『アキヒメ先生』って……)
すぴょー、すぴょー……
奇特(きとく)寝息(ねいき)で、よく(ねむ)っているな……
は、はい。最近先生、原稿(げんこう)夢中(むちゅう)で。私がどんなに言っても、(ねむ)ってくださらなくて……
 心配と困惑(こんわく)()ざったような表情(ひょうじょう)で、(まゆ)をハの字にするキリエへ、ミリフィエールは()きたくても()けなかったことを切りだしてみる。
あの、キリエ……さん。もしかしてこのおかたは、『みたらし義賊(ぎぞく)・ヒイロ』を書かれた、アキヒメ・クドウ先生、だったり……?
 たちまち、ぱああっと表情(ひょうじょう)をほころばさせるキリエの顔が、その『答え』となった。
『ヒイロ』をご存知なんですか……っ!? それ、私が初めて先生と()んだ、彼女のデビュー作なんですよー! 異国(いこく)のかたにも浸透(しんとう)しているとはっ。ねえアキヒメ先生っ、先生のご高名(こうめい)はすっかり『わーるどわいど』になっていますよー!!

そ、そんな残像(ざんぞう)が出るほど()さぶってやらないほうが……っ。


……それにしても、このうら(わか)い女性が? 『ヒイロ』といえば、もう出版(しゅっぱん)されて10年以上経過(ねんいじょうけいか)しているはずだが……

ええ。『ヒイロ』の第一巻(だいいっかん)を書かれた13年前、先生はまだ弱冠(じゃっかん)8(さい)でした! 編集部一同(へんしゅうぶいちどう)、天才少女(あらわ)るって(あら)ぶったものです……
あ、(あら)ぶる……??
ん? 貴方(あなた)は今のアキヒメ先生よりほんの少ししか変わらない年頃(としごろ)に見えるが……この国ではいくつから労働(ろうどう)(みと)められているんだ?

 (たし)かに目の前のキリエは、どう見積(みつも)っても20代後半程度(だいこうはんていど)にしか見えない。

 (とい)(たい)し、キリエはえへっと()れながら答えた。

いやぁ、私なんてもう、40()えのおじちゃんですよー。よく童顔(どうがん)って、同僚(どうりょう)からからかわれるんですけど、威圧感(いあつかん)は少なめなので取材交渉時(しゅざいこうしょうじ)には有利(ゆうり)ですね。毎日の黒酢(くろず)()いているのかなぁ……

 ミリフィエールとヨダカは目を(しばたた)かせた。

 アキヒメといい、(おそ)らくこの国のひとびとはミリフィエールたちの(そだ)った国より、全体的(ぜんたいてき)に顔の造作(ぞうさ)(おさな)く見える人種(じんしゅ)なのだろうが、しかし……。ミリフィエールはかろうじて、

く、『黒酢(くろず)』ってすごいのですね……!
 キリエは、あははー、と(まゆ)を下げて笑うと、蒲団(ふとん)(ねむ)るアキヒメに(ひざまず)いてその(かみ)をさらり、と()いた。
 この()()りあう男になりたい、なんて年甲斐(としがい)ない思いも、そうさせているのかもしれませんけれど
……え?
それはもしかして……
 蠱惑的(こわくてき)なその動作(どうさ)言動(げんどう)に、思わず顔を(あか)らめるミリフィエールとヨダカであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色