芸術の都・ヴィオナ

文字数 1,590文字

 大きなトランクを手にしたミリフィエールが汽車で降りたったのは、色とりどりの装飾に(いろど)られた劇場が建ち並ぶ、(うるわ)しい都市であった。
ここが芸術の都・ヴィオナ……!
 ホシミカミの神殿と、(みずか)らの住まいしか縁のなかったミリフィエールは、少し戸惑(とまど)いながらも、初めて訪れた街を興味深げに見回す。
『ヤミシドリ』の気配は恐らく、こちらのほうから、ですね……
 華やかなデザインの看板、豪奢(ごうしゃ)な装いのひとびとを横目に、ミリフィエールは()を進める。意識を集中させると、どこかふらふらと足元のおぼつかない少女に、目が吸いよせられた。
 美しい金の髪を持つその少女の目はうつろで、華奢(きゃしゃ)な手に、隠されるように握られていたのは――火!
こんな劇場……、カンペキに……燃やしてやる……っ
いけない!
(あのかた……『ヤミシドリ』が()いている!!)
絶望に染まりし星の(ともがら)よ、夜の(とばり)に抱かれて眠れ!!
……っ!? きゃああぁあ!
 急いで取りだした『夜の鳥かご』をかざし呪文を発すると、少女の心に巣くっていた『ヤミシドリ』が姿を現し、鳥かごの中に封じこめられる。
 封印が終わるとミリフィエールは、そっと『夜の鳥かご』に口づけし、ささやいた。
……おやすみなさい
 そして、少女に向きなおり、手にしていた火を(しず)める。
 『ヤミシドリ』から解放され、しばし茫然自失(ぼうぜんじしつ)としていた少女だが、不意に(おのれ)のしようとしていたことを思いだしたのか、身を震わせはじめた。
あ……、アタシ、なんてこと……。今のは……?
『ヤミシドリ』という、ひとの心を(まど)わす悪の精霊です。わたくし、ミリフィエール・トワナが(はら)いましたのでご安心を。……あなたのお名前は?
……リタ……。リタ・ディオール……
***
リタは、火を放ちかけてしまった劇場の壁を、申しわけなさそうになでながら、ぽつり、ぽつりと身の上を語りはじめた。
アタシ、都で一番の歌姫・ステラさんがいつも歌っているこの劇場でどうしても歌いたくて……何度も何度もオーディションを受けていたの。でも、合格はいつだって他の子ばかり
“ステラさん”って……あの、ステラ・リリム様ですか!? ホシミカミ様とよく、レコードを聴きました!
……アタシ、ステラさんの歌を聴いて、歌手を(こころざ)したの。忘れもしないこの曲よ、『ひとりぼっちのカナリア』
 そう言うと、リタは姿勢を正し、高らかに歌いはじめた。
(まるで天使のようなお声……! お歌にも、まったくと言っていいほど落ち度がない……! …………でも……何だか、ご表情がおつらそう……?)
……ふう
 リタが歌いおえると、ミリフィエールは惜しみない拍手を送った。
お上手でした、とても
……わかっているわよ。カンペキじゃなかったでしょ
……完璧(かんぺき)じゃない、というか……
だって、喉に少し力が入ってしまったし、音程も二ヶ所かすかにずれたわ。こんなのじゃまだまだ全然ダメ……!
いえ、そうではなくて……!

ああ、もう、アナタと話しているヒマなんてないわ!! もうすぐ、ステラさんが特別審査員を務めるオーディションがあるの。ゼッタイ受かりたい、もっとカンペキにしなきゃ!

…………リタ様。このままではあなたは、何度でも『ヤミシドリ』に魅入(みい)られてしまいます
……どういうこと?
ここ数週間で確信いたしました。『ヤミシドリ』は、心が()いているかたや、深く苦しまれているかたに()かれる性質があるようなのです。苦悩を解消しない限り、『ヤミシドリ』は何度でも、リタ様に取り()いてしまうでしょう
っ!? た、確かに悩んではいるけど……。じゃあ、どうしろって言うのよ!?
……リタ様。少しお歌から離れて、わたくしにこの都を案内してくれませんか!
はぁ!!?
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登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

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