ミリフィエールの目覚め

文字数 2,029文字

 ひとすじの(なみだ)が、ミリフィエールの(ほほ)(つた)う。

 うすうす、(かん)づいてはいた。『父親』の、ミリフィエール自身へ向けた(おび)えたような挙動(きょどう)(きず)()った(さい)(なお)りの(はや)さも、確かに異常(いじょう)(いき)である。

 ただそのようなことは、今は瑣末(さまつ)なこと。彼女を()める思いは、ひとつだった。

(わたくしはこんなにも、あのかたに(まも)られていた――)
 そうして目を(ひら)いた先には、宿屋(やどや)のベッドに横たわった自分の手に、心配そうに()れるヨダカがいた。
ミリフィお姉ちゃん! よかった、目を()ましたか……!
ヨダカ様……? ホシミカミ様、は……?
 ミリフィエールはからだを起こし、視線をさまよわせてホシミカミを探す。それに対しヨダカは、(おのれ)手中(しゅちゅう)にあるミリフィエールの(すべ)らかな手を、強めに(にぎ)った。
……彼は、いない
え、
()ったんだ。訴状(そじょう)を持ったサバキノカミ様と(とも)
……――

 ミリフィエールの頭の中が、真っ白になる。

 それは間もなく、彼が(ばつ)を受けることと同義(どうぎ)。それも、世界を混乱(こんらん)させた重罪者(じゅうざいしゃ)として――。

い、いや……いやです、そのような……!!

あのかたは、わたくしを、ああ、ああ……ッ!!

ミリフィ、お姉ちゃん……

 大粒(おおつぶ)の涙が、あとからあとからあふれる。

 ――すべての元凶(げんきょう)自分(ミリフィエール)。自分がすべてを(くる)わせて、そして。

(わたくしは、あのかたを(うしな)うの? 少しいじわるで、けれど、とても優しいかた。いつもわたくしを、わたくしだけを見てくださっていたあのかたを――)

いやです。

失うなんて、考えられない……!

ホシミカミ様、ホシミカミ様ぁ……っ!!

 頭を()り、取りみだすミリフィエールへ、ヨダカは()(けっ)したようにその細い肩を(つか)んで、(するど)く言葉を(はっ)する。
ミリフィお姉ちゃん、聞いてくれ!

 彼の強い口調(くちょう)に、ミリフィエールはびくり、とからだを(ふる)わせた。

 ヨダカは()って()わって、(やわ)らかく続ける。

お姉ちゃん、どうか私に聞かせてほしい。貴女(あなた)にとって、ホシミカミはどのような存在だ?

貴女は彼を、どう思っている?

わたくしに、とって……?

 長い間、沈黙の(とばり)()りた。

 それでもヨダカは、(おだ)やかな表情(ひょうじょう)()かべて待つ。

 考えて、考えて。

 混乱の中、思考を走らせるミリフィエールの中で、ようやくひとつの『答え』が出た。

『星』……
『星』?

わたくしの、道しるべ……。

ホシミカミ様がいなければ、どうしてよいのかわからないのです。漆黒(しっこく)(やみ)()ろうと、あのかたさえいれば救われる。生きてゆける。そのような、わたくしだけの『星』――

 静かに涙を流しながら、彼女の中で、『(おも)い』がつながる。


 それは間違(まちが)いなく、かけがえのない感情。

 (くる)おしいほどの、『恋慕(れんぼ)』――。



 それを聞いたヨダカは、目を()じ、深く息を()いた。

 まるでなにかから、決別(けつべつ)をするように。

それが貴女の、答えなら。

これからいかがしようか?

……え?
私のミリフィお姉ちゃんは、そこまで大事なものを(うば)われたら、きっと(じゅう)を片手に何を蹴散(けち)らしたって取りかえしにゆく。そう思うのだが?

 そう言って悪戯(いたずら)っぽく笑ったヨダカに、ミリフィエールは泣きはらした目をぱちくりさせる。

 そして。

……そこまで過激派(かげきは)に見られていたのですか
 脱力(だつりょく)したように笑った。
立派(りっぱ)になりましたね、ユダくん
 その言葉を受けてヨダカは、気まずそうに頭をかく。
……だからやめてくれ。その呼びかたは
ふふ。とっても魅力的(みりょくてき)殿方(とのがた)になりました
 そう微笑(ほほえ)むミリフィエールに、ヨダカは(まぶ)しいものを見るように彼女を見た。
そうだぞ。いつか私を(えら)ばなかったこと、お姉ちゃんは後悔(こうかい)するかもな
……っ

ああ、誤解(ごかい)はなしだ。()めているわけじゃない。

――私はきっと、

 『いつだってホシミカミを(もと)めるあなたに、恋をしていた』。すべてを(つつ)みこむような笑みを見せ、そう言葉を(つむ)ぐヨダカに、ミリフィエールはただただ深く、感謝(かんしゃ)して。

 もう一度、(きよ)らな涙を(なが)すのだった。

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登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

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