オーディション当日

文字数 1,572文字

 それから一週間後。ミリフィエールはリタに付きそって、オーディション会場にいた。
 審査員席には著名(ちょめい)な演出家や作曲家をはじめ、歌姫・ステラが、それぞれの歌い手のパフォーマンスに耳を傾ける。
どの子ねこちゃんもカワイイわねぇ~じゅるり、食べちゃいたぁい♪
ステラさん、恐ろしいこと言わんでください……
うう、緊張してきたわ……
大丈夫です、リタ! あれからたくさんたくさん練習しましたもの!
ミリフィ……
リタ、笑顔です!
(……そうよ、自分が楽しまなきゃ、きっと相手にも届かない。歌の世界観を大切にしながら……。信じるわ、自分を!)
次は、11番のリタ・ディオールさん。お願いします
……はい!
(リタ、応援しています……!)
 舞台の中央に立ち、束の間、目を閉じていたリタはやがて、高らかに、少し切ない旋律を歌いはじめた。
 曲は、かつて、歌姫ステラを敬愛するきっかけになった『ひとりぼっちのカナリア』。
(この曲は、他者の心を信じられないカナリアが、それでも誰かを愛したくて、誰かとつながりたくて……一生懸命もがきながら、世界に語りかける歌)
(アタシは、このカナリアのことを理解しようともせずに……メロディを外さないように、それらしく聞こえるように……上辺(うわべ)だけを取りつくろっていた)
(でも、ミリフィは……そんなアタシでも丸ごと受けいれて、寄りそってくれた)
(届けたい。この、ひとを信じる喜びを――!)
……!
……ありがとうございました!
 歌いきったリタの頬には、自然と、感謝の涙が伝っていた。
***
えー、大変お待たせしました。審査結果を発表します。合格者は――6番の、ナターシャ・グリモワールさん!!
……! そんな……。
 心配そうにリタを見やるミリフィエールに対し、リタは、清々しい顔で合格者に拍手を送っていた。
……いいの。今日は熱くなりすぎちゃったし。付け焼き刃でどうこうなる世界じゃないのは、わかっているから
リタ……
アタシ、もっと(うま)くなってみせるわ。歌にこめられた気持ちを、もっと大切に伝えられる方向へ、ね
 リタが決意を示したそのとき。一際(ひときわ)澄んだ、それでいてちょっと間の抜けたような声が、オーディション会場中に響きわたった。
はいは~い、オーディション参加者の子ねこちゃんたち、注目ぅ~
(! ステラさん!?)
ステラお姉さんはねぇ、11番のぉ、リタ・ディオールちゃんに特別賞をあげちゃいま~す!
!?
ちょっと、ステラさん! 貴女(あなた)はまた勝手に……!! それに“お姉さん”って、貴女(あなた)もう、今年でさんじゅうは……
あ?
ナンデモアリマセン
 ステラは刹那(せつな)、獲物を狩るような眼差(まなざ)しを見せたが、すぐにまた、ふにゃりとした柔らかい笑みを浮かべた。
ふふふ、未熟なところも多かったけれど、ステラお姉さん的には、一番胸にずっきゅーんってきたのよねぇ♪歌は、伝えたいと思う気持ちが何よりも大事なの。……それを一番わかっていたのは、あなたよ。リタちゃん
……!! 聞きましたか、リタ!
う、うそみたい……
(ちゃんと心が、届いていた。憧れのステラさんに!!)
ふふふー、ステラお姉さんも、うかうかしていられないわねぇ♪
(わたくしにも、しっかり伝わりましたよ、リタ。あなたならいつかきっと、ステラ様と肩を並べられる日が訪れます……!)
 うれしさのあまり泣きじゃくるリタの背中を優しくなでながら、ミリフィエールは、強い意志をこめて紡がれていたリタの歌を、思いだしていた。
***
 リタと再会を約束し、都を後にしたミリフィエール。
 森を少し歩くと、懐かしい気配に立ちどまる。
…………ホシミカミ、様?
お疲れ様だったね。ミリフィ
 樹上(じゅじょう)から、軽やかに降りたったのは、会いたくて仕方のなかったかつての主人……ホシミカミであった。
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登場人物紹介

ミリフィエール・トワナ


 星々を統べ、世界の平安を守る神様・ホシミカミのお世話をする、『星仕え(ほしづかえ)』の女の子。愛称はミリフィ。22歳。

 性格は、ちょっと頼りないが、癒し系ながんばり屋さん。


 ホシミカミにかいがいしく仕えていたが、結婚適齢期となり、16歳の少年・ヨダカとお見合い結婚することに。

 それによって暴走したホシミカミが生みだす、人間の心を悪に染めてしまう鳥型の精霊・『ヤミシドリ』を封印するために、代々家に伝わる魔術具・『夜の鳥かご』を片手に、世界をめぐることになる。


 非常にウブで、男性が極端に近づくとパニックを起こし、銃を乱射するクセがある。

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