第26話 分際を弁えろ

文字数 2,217文字

 妹の言っていた通り、エステでは他の客と会うことすらなかった。
(……しかし、危なかった)
 もっとも、想定していたにもかかわらず、晴朗太は勧誘に屈しかけた。
(つか、アレはやばい)

 自分の肌のドアップを液晶に映され、見せられるのはかなりの苦痛であった。

 わかってはいたが、ズタボロの毛穴。また、微妙な位置にある髭などなど。

 見ていて、気分の良いモノではない。


 しかも、対応してくれるエステティシャンが奇麗な人なのも堪えた。

 更には、そんな奇麗な人に肌を触って貰え――晴朗太は危うく、陥落するところであった。

(いろいろな意味で、恋々子のおかげで助かった)

 妹から教わっていた言い訳――他のエステにも行って吟味する予定が功を成した。

 加え、これまで妹の所為で無駄に消費させられていたのも後押しとなった。

(いやね、さすがにあの額は出せません)

 もっとも、財布にゆとりがあれば危なかったかもしれない。 

 そんなこんなで晴朗太は無事、エステをハシゴしていった。

(さすがプロの技だな)

 初回価格とはいえ、高い金を払っただけのことはある。

 晴朗太の肌は着実に向上を見せていた。

うん。

だいぶマシになったね

 妹も満足の結果のようである。
あとは睫エクとかアイプチとかあるけど……まっ、いっか
それは助かるが、本当にいいのか?
 晴朗太はだいぶ、オシャレに前向きになっていた。

女のコはお目目ぱっちりのが可愛いけどね。

男だと、一概にそうは言えないの

 なんでも、男の容姿は流行に大きく左右されるとのこと。

今は可愛い系が流行りだから、やっても損はないだろうけど。

兄ちゃん、性格も挙動も可愛くないし

ほっとけ。

それに男が可愛いと言われて喜ぶかよ

そうでもないんだけどね。

でも、先輩は世も末って言ってたかな?

珍しく、藍生と気が合ったぞ
 可愛くなりたいとは微塵も思わなかった。
それじゃ、最後の試練って奴か?
うん
 そう言って、恋々子が提示したのはとある写真スタジオのHP。
おぃ、まさかここで写真を撮るなんて言わないよな?

 記念撮影だけで1万円。

 ヘアセットとフルメイクまで付けると、2万円近くなる。

もち。

わたしと純くんと兄ちゃんの3人分ね

はぁ? おまっ! 

俺にいくら使わせる気だよ?

メンズは安いから。

あと家族写真プランにすれば、ほらっ! こんなにもお得だよ?

いやいやいや、それでもたけぇよ。

写真で3万超えなんて!

 今までのオシャレは自分の為になるが、これは違う。

 まさに一瞬だ。

 しかも『物』である。

そもそも、なんで写真? 

奇跡の一枚なんか撮ったって、どうしようもねぇだろ?

 出会い系やSNSでは使えるかもしれないが、どちらも晴朗太の柄ではなかった。

甘い。

甘すぎるよ、兄ちゃん

どういう意味だよ?
人は先入観に支配される生き物なの
それはわかなくはないが……
そして現代において、出会いはヴァーチャルから始まることが多い
いや、俺はSNSしてねぇし
兄ちゃんがしてなくても、友達がしてたら同じことだよ

それに友達同士で写真を見せあうことだってある。

そして、格好良ければ紹介してって流れになるの

それはわかるが、なんでおまえと純朗まで一緒に撮らないといけないんだ?
はっ!
当然の疑問だろうに、恋々子は鼻で笑った。

兄ちゃん、自分ひとりが写った写真を他人に見せる気?

――恥ずかしくないの?

あっ
 そんなのはナルシストの所業であった。

だからこそ、兄妹弟写真なの。

それをアイコンや待ち受けにして貰うから

そうすれば、誰かに見られるでしょう? 

つまり、自然の流れで格好良い自分の写真を見せつけることができるってわけ

わからなくはないが、それはそれで恥ずかしいぞ?
ちなみに兄ちゃんの好みの女のコは、兄妹弟写真を待ち受けにしてたら『キモっ、シスコンにブラコンかよっ』て吐き捨てる性格なの?
それは違うが……
それに今のコは家族仲が良いんだよ?
 確かに、母娘で買い物をしている若者の姿はよく見る。

しかも、わたしも純くんも抜群に可愛いからね。

可愛い妹と弟に慕われている『お兄ちゃん』って肩書きはかなりプラスになると思うけど?

(お兄ちゃん、か)
 晴朗太はその響きに酔い、誘惑されかけていた。

更にわたしと純くんもその写真を待ち受けにするからさ。

もしかすると、兄ちゃんのこと紹介してってなるかもよ?

(……年下は好みではないが、そのシチュエーションは悪くない)
あと先輩が言ってたんだけど、自分のポテンシャル――全力は知っておいたほうがいいってさ
自分の全力?

そう、人って言い訳ばかりするから。

本気になっていないだけ、本気を出せばなんとかなるってね

だから、時には全力を出して分際を弁えるべきなんだって
(……色々と痛い言葉だ)

 今までオシャレなんて頑張ってこなかった癖して、大学に入るなりなんとかなると思っていた。


 その結果、散々な目にあったことを晴朗太は憶えている。


 そう、あの時の自分は確かに分際を弁えていなかった。

そうして、全力で頑張った自分と向き合うことができれば人は成長していける

もっとも、克服するかどうかは自由だけどね。

あえて短所はそのままにして、長所を伸ばすことで可愛らしい欠点にするのも手だし

そう、か

 年下に諭されるのは癪ではあるが、感情的になったところで意味はない。

 ことオシャレに関して、晴朗太はまだまだ未熟者。

 そのことは、素直に認めなければならなかった。

わかったよ。

そもそも、頼んだのは俺だ。

最後まで、きちんと付き合うよ

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登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

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