第10話 バレちゃった?

文字数 1,506文字

 晴朗太のお化粧生活は中々に大変だった。

 恋々子の指摘通り、気づかぬ内に顔に触れる癖があるようで何度も何度も鏡を見る羽目に。

 

 結果、そこで身だしなみを整えることにも繋がり――他人からの視線を意識する癖が身についてきた。

(バレないか不安だったか……)

 予想以上に他人は自分を見ておらず、接近する相手もいなかったのですぐさま杞憂に終わる。

 あとは単純な時間。

 朝起きて、学校に行くまでに必要な作業が増えたので、早起きを余儀なくされた。

(女って大変なんだな)
 毎朝のメイクの苦労を思い知りながら、晴朗太は大学とバイトに精を出す。
 そんなある日、

あれ? 

染谷くん、もしかしてお化粧してる?

えっ……いや、あの……
 気になっている先輩――空条(くうじょう)日菜子(ひなこ)に指摘されてしまった。
 

(ここは正直になるべきか誤魔化すべきか?)

 幸いにも今日の披露宴会場は広く、周囲に人はいない。
 スタッフの多くは人材派遣なので、披露宴の終了――片付けが落ち着く頃には、いなくなってしまうからだ。
 そして派遣ではない僅かなスタッフたちは、それぞれ仲の良いグループで固まっていた。
 

ぱっと見だとわかんなかったけど、スポットライトが当たると――ね
(迂闊だった……)
 披露宴会場には、ところどころに局地的な照明器具が設置されている。
 しかも、それらは日常ではあり得ない光量なので自分では気づけなかった。

一応、まぁなんていいますか。披露宴なわけですし。

それなりに、身なりを気を付けるべきかなぁって……

 しどろもどろになりながら、晴朗太は言い訳がましく口にする。
へー、偉いね

 一方、先輩は軽かった。

(もともと、どこかふわふわとした印象だが……化粧する男をどう思っているのか?)

 実際、忙しい時は殺伐とする披露宴において彼女は皆の癒しとなる存在でもあった。
 ――つまり、仕事もできる。

 特に観察眼に優れており社員や後輩、果ては部署をを問わず周囲のミスに気付いてはカバーをしていた。

(だからこそ、おれの化粧――雰囲気が変わったことに気づいたんだろうな)

そういえば、染谷君って高校も神香原(かみかはら)

 突然、先輩は訊いてきた。

あ、はい。

というか、中学から神香原です

 中学から大学までエスカレーター式。
 ちなみに、純朗もその予定である。
 対して、恋々子は中学受験を失敗しており、高校から外部入学していた。


わー、凄い。

賢いんだね

いや、それほどでも

 もっとも、内心では好きな先輩に褒められて嬉しかった。

じゃぁ、一芸入試組とはあまり関係ないのかな?
えぇ、まったくといっていいほど
 個人的には大嫌いな存在でもあったので、つい強く否定してしまう。
 中学受験をした身からすれば、一芸で受かった人間など許せるはずがない。しかも、それが同じ神香原の名前を背負うなんてあり得なかった。
(どんな一芸をアピールしたのかは知らないが、恋々子の頭で合格なんて納得がいかない)

……

そもそも校舎が違いますし。

生徒会だって分かれてましたから

実際、合同行事なんて本当に数えるほどしかなかったんで

わー、それは凄いね
そいえば、オシャレは自分で始めたの?

 晴朗太の気持ちを察してか、先輩は話題を変えた。

それとも、彼女の影響だったりする?

いや、彼女なんていませんし……

自分で始めました

 高校生の妹に教わっているのは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。

そっか。

なら、私がアドバイスしてもいっか

(??? 彼女だったら何か問題あったのか?)

眉毛も描いたほうがいいよ

 そう言って、先輩はポケットから手鏡を出した。
たぶんBBクリームを使ってるんだろうけど、それで生え際が埋もれて短く見えるからさ
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色