第3話 お兄ちゃんから『お』がなくなった訳

文字数 1,663文字

 4月も折り返し、それぞれが新生活を送る。

 

 そんな中、晴朗太は焦っていた。

 兄妹弟の中で唯一進学したというのに、ほとんど変わらぬ毎日。

 

 結局、新しい友人はできず。

 中学の頃からお馴染みのメンバーで過ごしてばかり。

あいつらも変わってはいない、が

 自分だけが取り残されているわけではないものの、無駄に期待していただけあって焦燥感は拭えない。

 

 そうして、無謀にも慣れない行為に手を出した。


 いつもなら鬱陶しいと思うサークルの勧誘を受け、陽キャたちの集いに顔を出し――

…………
 ――気付けば、ひとりでGWを過ごすことになっていた。
何故だ?

 俺は変わると宣言した手前、友人たちがいるサークルには行けなかった。

 また精神が擦り切れて、陽キャの集いにも顔を出せなくなった。


 何処へ行っても気味の悪い置物。

 そして、ついには本当の置物のように扱われ――置いていかれてしまった。

(あの日、ひとりで過ごした夜はあまりに惨めだった)

 サークルの飲み会と言って出たので、早い時間には帰れず。知り合いに出くわすことを恐れて、夜の公園で時間を潰した。


 そうしてコンビニのご飯でお腹を満たして帰り、楽しかったと嘘を吐く。


 あの恐ろしく惨めな出来事をきっかけに、晴朗太のキャンパスライフは灰色に染まった。

 ぬるま湯から抜け出そうとしただけなのに、成長しようと頑張ったのに最悪の結果だ。

……とりあえず、バイトしよう

 ただ、プライドと行動力は相変わらずにあったので停滞はしなかった。

 

 選んだのは披露宴の配膳。

 まず高い時給に引かれ、こういう場なら変に絡む客もいないと判断。また、知り合いに出くわすこともなく、真面目な容姿でも馬鹿にされない。


 ネットでは激務と書いてあったが、晴朗太にとっては些細な問題である。

(やっと高校時代とは違った自分になれた)

 それは一つの成功体験。

 ゆえに自信がつき、次なる目標へと晴朗太は進むことを決意する。


 だが、今度は慎重になっていた。

 見切り発車して散々の目にあったので、当然の判断である。

兄としての沽券に関るが……
 他に相談できる相手もいなかった。
なぁ、ココ
 ちょうど、リビングでテレビを観ていたので晴朗太は声をかける。
なに?

 身体はおろか顔すら向けずに妹は応じた。

 それどころか、だらしなく椅子の上で膝を抱え込んでいる。


いや、ちょっと頼みがあんだけど
だから、なに?

 思春期の妹を持つ兄にとっては日常であろう。

 特に年齢が近い場合、敬われることはまずない。

……ちょっと、女の意見が欲しくてな

だからなに? 

用があるなら簡潔に言ってくんない?

 とはいうもののここ最近、恋々子の態度は更に悪くなっていた。
いや、オシャレをしたくてな
なんで?

 痛いところを衝かれた。

 無駄なプライドから、晴朗太は気になる異性がいるとは言えず誤魔化す。

なんでって……。

ほら、俺披露宴のバイトしてるからさ

そうなの? 

ってか、それなら先輩とか同僚に訊いたら?

 と、更に正論。

 妹はデイベート部に所属しており――だいぶ学んだようで、やけに口が立つようになっていた。

それとも、雑談できる人いないの?

……いや、いるけど。

俺が訊きたいのは異性の意見であって

披露宴のバイトって女子のが多くない? 

時給が高いから、友達がやってるんだけど

……ウチはバイト禁止だろ?

誰も高校の友達って言ってないけど? 

別の学校とか、年上の可能性だってあるでしょ? 

それに禁止されていても、やる人はやるし

まっ、兄ちゃんにはどれもわかんないか

 恋々子は鼻で笑って、輩みたいに兄ちゃんと口にした。


 染谷家において、晴朗太だけ『お』が付かない。

 その理由は、中学生になった晴朗太がお母さんから『お』を取ったのが始まりだった。

 

 当時の母はそれが寂しかったらしく。

 そして妹と弟は母の味方をして、お兄ちゃんから『お』を取ったという次第である。

(当時はなんとも思わなかったが……)
 今となっては後悔しかなかった。
 家族には言えないが、現在の晴朗太は妹にお兄ちゃんと呼んで貰いたくて仕方がなかった。
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登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

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