翌日、晴朗太はケーキを買って妹の帰りを待っていた。
あー、もしかして昨日の続き?
それでケーキまで用意するなんて、兄ちゃんは安直だね。
そのくせ、わたしを馬鹿にしてる。そんなんで釣られると思ってんの?
ぺらぺらと口を動かしながらも、恋々子の視線は釘付けだった。
案の定、妹は即答した。
こういった単純な性質は相変わらずのようだ。
昔から、恋々子は目先の快楽に弱い。
典型的な注意力散漫型なので、目に見える餌を用意してやれば簡単に釣れた。
だってそれ、いま流行ってるとこでしょ。
先輩はあんま美味しくないって言ってたけど、興味はあったんだよねー
コーヒーを淹れてやると、恋々子は嫌な台詞を口にした。
いや、美味しいには美味しいらしいよ。
ただ、何時間も並んでまで買う価値はなしって言ってた
数時間並んだ身からすればやってられないが、ここで苛立つわけにはいかない。
妹が好きなシュークリームと一番人気のケーキをお皿に乗せて、晴朗太は差し出す。
こういった点は素直で可愛らしい。
恋々子は律儀に手を合わせてから、口をつけた。
すると、同意しかなかった。
間違いなく美味しいのだが、値段と並んだ時間を考慮すると、割に合わなかった。
というか、男のオシャレって異性にモテる為の手段でしょ?
ナルシストでもない限り、自分が楽しむオシャレはしないって先輩が言ってたんだけど
ナルシストが嫌なら格好よくなりたいと言うしかなくなり、晴朗太は悩む。
覚悟を決めたつもりだったが、所詮は口先だけで気持ちが追いついていなかった。
まぁ、わたしとしては兄ちゃんには格好良くなって欲しいけどさ
むしろ、恥ずかしくて兄ちゃんがいるって言えないかな。
ってか、実際に隠してる
うん。
あっ、純くんは可愛いから弟がいるって自慢しまくってるけど
いや、待て。
なにもないって、俺は成績は良かったぞ?
あのね、兄ちゃんの頭が良くたって自慢できるわけないでしょ?
むしろ藪蛇
わたしが馬鹿にされるのが目に見えてる。
兄ちゃんは賢いのに、どうして妹は馬鹿なんだろうかってね
誤魔化すように合唱して、恋々子は立ち去ろうとする。
腕を掴んだけで、妹は人聞きの悪いことを言う。
しかし、助けを求められた母親は振りむきすらせず、料理を続けていた。
情報があり過ぎてわかんないんだよ。
あとモデルがイケメン過ぎて参考にならん
しかも使っていたグッズは周辺店舗には売っていない始末。
かといって、家族に見られる可能性を考えると、通販も危なかった。
当たり前と言えば当たり前だが、恋々子にデリカシーがないように母親にもないからだ。
なにそれ?
いつも情弱情弱って、ニュースに映っている人たちを馬鹿にしといて恥ずかしいの?
うっさい! それとこれとは話が別だ。
つか、それは俺じゃなくておまえだろ!
どういう神経をしているのか、恋々子は兄の指摘をスルーして話を戻した。
それを姉――しかも、こんな仕上がりの恋々子に相談したのか。
そんな弟の胆力を尊敬して、晴朗太も本音を吐き出す。
少なくとも、卑屈にならないでいられる程度でいたい。
俺のバイト先はブライダルが主力だから、夏は暇らしくて……
このままでは灰色の夏休み。
それだけは嫌だと、晴朗太は腹の底から本音を持ち上げた。
だってー。純くんはもっと可愛くて、格好良かったもん。
兄ちゃんはなんて言うか、可哀そうっていう憐みしか感じない
だって、兄ちゃんがわたしに優しかったんだから――わたしが弟を可愛がるのは当然でしょ?
そして、リビングから大声で2階にいるであろう弟を呼ぶ。
純朗! さっさと降りてこないとあんたの好きな人の名前バラすわよ!
その一言は絶大な効果をもたらし、足音が響いてくる。
その割には早い登場である。
これで誤魔化せると思っているところは、年相応に幼かった。
あー、そうだったね。まぁ、いいけど。
純くん、兄ちゃんに顔の洗い方から教えてあげて
と思いきや、年甲斐もなく姉のほうが先に沸点に達してあきれ果てる。
姉ちゃんの先輩たち。
姉ちゃんが煩かったら『コケコッコー、朝以外に騒ぐのは迷惑だぞ』って言ってやれって
それと、あんたにコケコッコー言われる筋合いはないわよ!
(可愛がられているのかウザがられているのか、微妙な蔑称だな)
コケコッコー。
妹に似合い過ぎていて、晴朗太は判断に迷う。
とにかくっ! 今日は一緒にお風呂に入って、きちんと兄ちゃんに教える!
じゃないと、もうあんたのオシャレも手伝ってあげないかんね!
恋々子は一方的に言い放って、自分の部屋へと逃げていった。
残された兄弟は気まずい雰囲気。
ただ、感情的になっていた弟は傍目にも可愛いかったので、晴朗太もからかってみる。
なぁ、純朗。
おまえもしかして、ココと一緒にお風呂入ったのか?
同じく自室に逃げ出した弟の背中を見ながら、兄は呑気な感想を口にした。
もっとも、夜になっても純朗は機嫌を直してくれなかった。
結果、晴朗太のオシャレは翌朝に持ち越し、冒頭の状況に相成るのだった。