第27話 1万円の記念写真

文字数 2,153文字

 某写真スタジオにて
(まさかこの年になって、兄妹弟で集合写真を撮る羽目になるとは……)

 晴朗太は心の中で項垂れる。

 写真自体はどうでもいいのだが、請求される額を思うとやはり腑に落ちなかった。

(ひとり当たり、1万弱は高すぎる……)

 そんな風に思っている最中にもスタッフ――メイクアーティストの方々は忙しなく動いていた。
 

 もっとも、晴朗太は奇麗な女性ふたりに囲まれて身動きすら取れない。

 ひとりが髪、もう片方がメイクを担当しており見る見るうちに見栄えが整っていく。

(……いかん。変なことを考えるな)

 スタッフは真剣に取り組んでいるのか、色々と無防備だった。

 とはいえ、目の前に大きな鏡があるので不躾に見ることはできない。

 身体と身体が接触する度に、晴朗太は硬直するもどうにか真顔を保つ。

(しかし、口紅まで塗られるとは……)

 本日はフルメイク。

 だが、遠目からではそのようには見えない。

 あくまでナチュラルーー健康的な仕上がりとなっていた。

(つか、イケメンもメイクしていると考えたら、勝ち目なんてねぇよな)

 見目麗しい芸能人たちを思い浮かべ、晴朗太は敗北感に打ちひしがれる。

 昔はビジュアル系以外メイクなんてしていないと思い込んでいたが、今は違う。

 目立たない――健康的で奇麗な顔に見せるメイクもあると知ってしまった。

 

 ヘアセットもそう。

 自分がやるとべたべたになるのに、プロだとナチュラルに変幻自在である。

(でも、再現は無理だな)

 ドライヤーのかけ方に所要時間。

 手間のかかりようを考慮すると、難しいだろう。

(まぁ、ヘアアイロンくらいは買ってもいいな。使いこなせるかどうかは不明だが、できることはやってみよう)

 少なくとも、バレてはいけないオシャレになら投資する価値はあると、晴朗太は思うようになっていた。


 案の定、真っ先に晴朗太の準備が整い、ほとんど大差なく純朗も終了。

あ、兄ちゃんが格好良く見える……かも?
(このガキは……)
おまえ、ますますココに似てきたな
……ごめんなさい

 それは嫌だったのか、純朗は素直に謝った。

 いったいどういう風にセットしているのか、弟の髪の毛はふわふわである。

ちょっ、せっかくセットして貰ったんだから触るなよ

悪い悪い。

つい、気になってな

お姉ちゃん、遅いね
男と女の差だな
 やはり女子は時間がかかるのか、兄弟は30分近く恋々子を待つ羽目となった。
お待たせー
 それでも文句が言えなかったのは、プロの手で整えられた妹は身内贔屓なしに奇麗だったからである。
それでは撮影に移ります

 スタッフに誘導され、場所を移動する。

(うぉっ、TVでよく見る奴だ)
 一眼レフカメラに三脚、照明、レフ板などなど。
きょろきょろしない
ぐっ……
いつもならあり得ない注意を受け、晴朗太は冷静さを取り戻す。
わかったよ
それでは始めますねー

 そうして、撮影が始まった。

 まずは自然体で。

 その後、色々とポーズを求められるもこれが辛い。

(……恥ずかしい)

 友人間でも、あまり写真なんて撮ってこなかった。

 両親に撮られることがあっても、真顔で済ませていた。


 そのツケというべきか、晴朗太はとにかくぎこちなかった。

兄ちゃん、もっと笑おうよ

 30枚撮ったところで、確認作業。

 全員で写りを確認するなり、恋々子が注意する。

笑えって言われてもなぁ……
 晴朗太は嫌な理由を誤魔化すも、
どうせ、歯並びが悪いの気にしてんでしょ?
 妹は見抜いていた。
悪いかよ?
あのね、身体的コンプレックスが隠れた姿を評価するのは本人だけって知ってる?

 スタッフもいる中で注意され、晴朗太はとにかく居た堪れない。

(年上の女性に囲まれ、年下の妹に説教をされるとは……)
一方、他人が評価するのはコンプレックスに成り得るモノを隠そうともしないオープンな態度。
とにかく、楽しそうに笑っている姿なの
(……偉そうに語っているけど、藍生先輩のパクリだよな?)

対して、コンプレックスを隠そうとする姿は醜くて付け入る隙になる。

まぁ、完璧な人なら可愛く映るんだけどね

(あ、やっぱパクリだ)

 完全に憶えのあるフレーズ。

 しかし、知らない晴朗太は素直に感心している素振りだった。

(確かにいたな。俺よりチビで不細工なのに、何故か好かれていた奴)
(あと、デブスなのにやたらモテてた女)
(思い返してみると、あいつらには卑屈さがなかった。だから……だったのか)
それでは、再開しましょうか?

 そうして、長い長い撮影が始まる。

 洒落たポージングに満面の笑みなんて、らしくないと思いながらも晴朗太はやってのけた。
 この際、自分のことはどうでもよく――ただ、妹が満足する仕上がりを求めて頑張った。


 果たして、仕上がった写真は――

うん! ばっちし
 満足のいく出来栄えのようだ。
なんか恥ずいね

 純朗は中学2年生らしい反応。

 だが、晴朗太も同意だった。

 自分たちがモデルのように振舞い、奇麗な背景に映っている姿はなんとなく気恥ずかしい。

これならお母さんたちも呼んで、家族写真にすれば良かったかも
(それはそれで恥ずかしいが……。もし、そうしていれば俺が金を払う必要もなかったか)

 そんな現金なことを思いながら、何十枚と撮った写真のデータが全て入ったディスクと引き換えに、晴朗太は万札を3枚も支払うのであった。

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登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

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