第4話 兄としての沽券

文字数 1,504文字

 妹では埒があかないと、晴朗太は弟に白羽の矢を立てた。

 中学生に相談するのはどうかと思ったが、背に腹は代えられない。

なぁ、純朗。

おまえ、結構オシャレだよな

 こちらは部屋にまで赴いた。

 弟は真面目に勉強をしており、急な兄の訪問に嫌そうな声で応じた。

なに?
いや、俺は勉強ばっかしてたからそういうのには疎くてな
だから、なに?

 さすが姉弟と言うべきか、恋々子と同じ対応である。

 揃って顔すら向けやしない。

……その、なんだ。

オシャレってどうしたらいいのかなって思ってさ

 それでも、恥を忍んで晴朗太は訊いた。
お姉ちゃんに訊いたら?
いや、俺はおまえに訊いてるんだが……

そんなこと言われても、おれはお姉ちゃんに教わったから。

お姉ちゃんのほうが詳しいよ

 純朗には素直に教えたのかと思うと、晴朗太は苛立ちを覚える。
おまえにはそうかもしれないが、俺には教えてくれなかったんだ
素直に頼まなかったからじゃない?
……そんなことはないと思うぞ
そう? おれに言ったみたいにしてない?
してない。ってか、おまえにも素直に訊いたろ?

ぜんぜん。言い訳ばっかだったよ。

お姉ちゃんにもそんな態度だったとしたら、話も聞いてくれないと思う

……マジで?

うん。

お姉ちゃん、まどろっこしいの嫌いだもん

ちなみに、おまえはどうやって頼んだんだ?
……兄ちゃんには、言いたくない

なんだよ、それ。

結局、ココの味方かよ

だって、お姉ちゃんには色々教わってるし

 言い返せず、晴朗太は黙り込む。

 思えば弟が中学生になってからは、たまにゲームで遊んだくらいでなにかをしてやった憶えはない。

お姉ちゃんは優しいから、兄ちゃんが素直になったら教えてくれると思うよ
 優しいのはおまえにだけだ、と言いたいのを堪えて晴朗太は部屋を去る。
あー! どいつもこいつもっ!
 そして、自室に入ってから怒りを吐き出した。
兄を舐め腐りやがって!
 しかし、すぐに自省する。
つか、兄らしいことなんてしてないからか

 自分の中学受験を期に、妹弟と距離が生まれた。

 正確には、晴朗太が思春期に入ったのが根本の原因だろう。


 その2年後、恋々子も同じように中学受験し――もっとも、妹は失敗したが。

 更に2年後、純朗は合格し――現在、弟だけが思春期真っ盛りのはず。

にしては、あいつ素直だよな
 自分と妹の時を比べると、弟は物静かである。
いや。でも、部活を辞める辞めないで揉めてたか
 純朗は中学に入るなり、小学校の頃から好きだったバスケ部に入ったものの半年で辞めた。
あの頃と比べると、だいぶ穏やかになってるよな

 4歳も離れていると、喧嘩はほとんどしない。

 実際、思春期を過ぎてからは弟が不機嫌な態度を取っても、兄のほうに流す余裕ができていた。

 それでも、最近はその不機嫌すら見かけなくなった。

うーん、恋々子のおかげなのか?

 一方、妹は高校生になってから劇的に変わった。

 ディベート部に入り、先輩たちに感化されたのが原因らしい。

 おかげで今まで以上に口喧しくなったものの、容姿レベルも抜群に上がったので一概に悪いとも言えない。

くそっ、その時に頼めば良かったな

 入部してしばらくはまだ見せびらかすような、子供じみた絡み方をしていた。

 それが今ではどうだ。

 兄を見下す態度に早変わり。しかも、理論による武装まで身に付けている。

 それでいて、感情的な我儘も平気で使ってくるので手に負える相手ではなかった。

もはや、素直に頼むしかないのか……

 弟(中学生)の助言を聞いて、妹(高校生)に頼み込む。

 兄(大学生)としては中々にやり辛いが、仕方ない。


 このままではひとりぼっちの夏休みを過ごす羽目になりかねないと、晴朗太は覚悟を決めたのだった。

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登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

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