第29話 そう、少年は格好良くなれる

文字数 1,878文字

いやー、ほんと驚きだよ

 バイト先にて、空条日菜子がしみじみと漏らす。

でも今思えば、私ってココちゃんの本名知らなかったんだよね

 恋々子――友達の兄と知るなり、空条先輩の話し方は若干変わっていた。
 おそらく、気を許してくれているのだろう。
そうだったん、ですね
 もっとも、晴朗太はどう対応すればいいのかわからず、以前よりも更に硬くなる。

そうなの。だって、羽央くんがコケコッコーって紹介するんだもん。

他の部員たちもココちゃん、ココーって呼んでたから

へー、仲の良い部員だったんですね
なんか外国のコーーマリーちゃんだったかな? がいるから、全員呼称を統一したって言ってたよ

あー、なるほど

(おそらく、あのカフェにいたコかな?)

まぁ、一応? 似てるなーって思ったんだよ?

でも、ココちゃんはお兄ちゃんなんていないって嘘吐いてたし

はは、酷い奴ですね

(だが、今回はグッジョブ)

染谷君もなんか、一芸入試組の話題を避けている感があったからさー

もしかしたら、羽央くんのこと嫌いなのかなって。

あのコ、無駄に敵を作る癖があるし誤解されやすいから

そんなことないですよー

(いやいやいや、あいつの場合は誤解でもなんでもねぇだろ)

 もっとも、先輩の従弟と知った以上、下手な口は叩けない。

 それに正直、噂でしか知らない相手だった。

それでも、高校では友達や後輩に恵まれてたから本当よかったよ。

彼女さんも美人で良いコだったし

へー……それは良かったですね

(なんで性格がクソな奴に限ってリア充なんだよ)

そいえば、あの文化祭って染谷くんもいたんだよね?

はい。

ただ、校舎も違ったんで

残念。

もしそこで出会ってたら、運命的で面白かったのにね

 そう言って、先輩は小さく手を振った。
 彼女にとっては何気ない一言だったかもしれないが、晴朗太には強烈な一言であった。
(……くそっ! どうして去年の俺は妹の部活動に顔を出さなかったんだ)
 文化祭だったのだから、顔くらい見にいっても良かったはず。
 そうすれば、もしかすると何かが変わっていたのかもしれない。
(だが、後悔しても遅い)

 それに去年の自分では何も期待できなかった。
 もし、先輩の言うとおりになっていたとしても――偶然ですよ、の一言で終わらせていたに違いない。


――なぁ、染谷
 そんな風に思っていると、別の先輩に声をかけられた。
 内容は案の定、晴朗太はアイコン写真について質問攻めを受ける。
 とはいえ、男女を含めた3人となれば関係性は一目瞭然。
染谷君って、妹弟と仲良いんだね
 そうして、恋々子の思惑通りの展開となるものの、
ええと、まぁ……これは妹にねだられて撮ったと言いますか
 気恥ずかしくて、晴朗太は言い訳がましくなる。
へ~、優しいお兄ちゃんなんだ

 だが、先輩がそう言ってくれたおかげで冷やかすような空気にはならなかった。

 他の先輩や同僚たちも集まり、晴朗太は大画面での写真も見せる。

妹、可愛いじゃん。紹介してくれよ
弟君可愛いー。年いくつ?

 珍しく。

 というか、初めて晴朗太は話題の中心となっていた。

(わかってはいたが……。やはり、俺じゃなくて恋々子と純朗に目がいくか)

妹はまだ高校生なんで、手出したら犯罪ですよ? 

弟に至っては中学生なんて完全アウトです

 内心の感情はおくびをださず、晴朗太は返す。
 そんな中、
染谷君も格好いいね

 先輩の何気ない一言。

 

 また、先輩は恋々子――写真に写っている晴朗太の妹と友達であることは言わず、雑談に興じてくれていた。
 晴朗太を主役にしたまま、この場を盛り上げてくれる。

……ありがとうございます
 晴朗太は謙遜の言葉を必死で呑み込んで、素直なお礼を口にする。
確かに。普段より、ぜんぜん恰好いいじゃん
ちゃんとオシャレすれば格好いいなら、普段から頑張れよな

 他の人たちからも賛辞を貰い、晴朗太は嬉しくなる。

 今まで外面を褒められたことなどなく、自分でさえ諦めていたが――こうして、褒めてもらえると素直に嬉しかった。

 特に努力をした結果なので、なおさらである。

いえ、これは奇跡の1枚って奴です

 卑屈からではなく、晴朗太は冗談として答える。

 そんな風に余裕が持てるようになったのも、妹のおかげであろう。

 本気でオシャレに挑戦して、色々なことを知った。

(これは妹にケーキでも買ってやらないと駄目だな)

 本来の目的はまだ達成していないが、もはやそれは些細なことであった。
 

 時間はまだある。

 そして、時間があればもっともっと格好良くなれる。
 

 それがわかった時点で、晴朗太は満足だった。

(そう、少なくとも――この写真のようには格好良くなれるんだ)
 
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登場人物紹介

晴朗太《せいろうた》、染谷家長男で大学1年生。

ブライダルのバイトに勤しむ、真面目で優しい性格。

ただその一方で甘くもあり、妹の我儘を助長させる要因を作っている。

苦肉の策で妹に頭を下げ、現在はオシャレを勉強中。

恋々子(こここ)、染谷家長女で高校2年生。

私立高校を一芸入試で突破し、部活動はディベート部。

我儘で自由気ままであるものの、弟のことは溺愛している。

それでも、一番大好きなのは自分自身の模様。

純朗《すみあき》、染谷家次男で中学2年生。

思春期の少年の割には素直で大人しい。

姉の教えのおかげで、年齢にそぐわないオシャレを身に付けている。


空条 日菜子(くうじょうひなこ)、20歳

晴朗太の想い人で同じバイト先の先輩

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