第29話 そう、少年は格好良くなれる
文字数 1,878文字
でも今思えば、私ってココちゃんの本名知らなかったんだよね
恋々子――友達の兄と知るなり、空条先輩の話し方は若干変わっていた。
おそらく、気を許してくれているのだろう。
もっとも、晴朗太はどう対応すればいいのかわからず、以前よりも更に硬くなる。
そうなの。だって、羽央くんがコケコッコーって紹介するんだもん。
他の部員たちもココちゃん、ココーって呼んでたから
なんか外国のコーーマリーちゃんだったかな? がいるから、全員呼称を統一したって言ってたよ
あー、なるほど
(おそらく、あのカフェにいたコかな?)
まぁ、一応? 似てるなーって思ったんだよ?
でも、ココちゃんはお兄ちゃんなんていないって嘘吐いてたし
染谷君もなんか、一芸入試組の話題を避けている感があったからさー
もしかしたら、羽央くんのこと嫌いなのかなって。
あのコ、無駄に敵を作る癖があるし誤解されやすいから
そんなことないですよー
(いやいやいや、あいつの場合は誤解でもなんでもねぇだろ)
もっとも、先輩の従弟と知った以上、下手な口は叩けない。
それに正直、噂でしか知らない相手だった。
それでも、高校では友達や後輩に恵まれてたから本当よかったよ。
彼女さんも美人で良いコだったし
へー……それは良かったですね
(なんで性格がクソな奴に限ってリア充なんだよ)
残念。
もしそこで出会ってたら、運命的で面白かったのにね
そう言って、先輩は小さく手を振った。
彼女にとっては何気ない一言だったかもしれないが、晴朗太には強烈な一言であった。
(……くそっ! どうして去年の俺は妹の部活動に顔を出さなかったんだ)
文化祭だったのだから、顔くらい見にいっても良かったはず。
そうすれば、もしかすると何かが変わっていたのかもしれない。
それに去年の自分では何も期待できなかった。
もし、先輩の言うとおりになっていたとしても――偶然ですよ、の一言で終わらせていたに違いない。
そんな風に思っていると、別の先輩に声をかけられた。
内容は案の定、晴朗太はアイコン写真について質問攻めを受ける。
とはいえ、男女を含めた3人となれば関係性は一目瞭然。
ええと、まぁ……これは妹にねだられて撮ったと言いますか
だが、先輩がそう言ってくれたおかげで冷やかすような空気にはならなかった。
他の先輩や同僚たちも集まり、晴朗太は大画面での写真も見せる。
珍しく。
というか、初めて晴朗太は話題の中心となっていた。
(わかってはいたが……。やはり、俺じゃなくて恋々子と純朗に目がいくか)
妹はまだ高校生なんで、手出したら犯罪ですよ?
弟に至っては中学生なんて完全アウトです
内心の感情はおくびをださず、晴朗太は返す。
そんな中、
先輩の何気ない一言。
また、先輩は恋々子――写真に写っている晴朗太の妹と友達であることは言わず、雑談に興じてくれていた。
晴朗太を主役にしたまま、この場を盛り上げてくれる。
晴朗太は謙遜の言葉を必死で呑み込んで、素直なお礼を口にする。
ちゃんとオシャレすれば格好いいなら、普段から頑張れよな
他の人たちからも賛辞を貰い、晴朗太は嬉しくなる。
今まで外面を褒められたことなどなく、自分でさえ諦めていたが――こうして、褒めてもらえると素直に嬉しかった。
特に努力をした結果なので、なおさらである。
卑屈からではなく、晴朗太は冗談として答える。
そんな風に余裕が持てるようになったのも、妹のおかげであろう。
本気でオシャレに挑戦して、色々なことを知った。
本来の目的はまだ達成していないが、もはやそれは些細なことであった。
時間はまだある。
そして、時間があればもっともっと格好良くなれる。
それがわかった時点で、晴朗太は満足だった。
(そう、少なくとも――この写真のようには格好良くなれるんだ)
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