第32話 第八章「一人ぼっちのお姫さま」(2)
文字数 2,654文字
驚いた、「愛」と言う言葉が、ゴミ溜めと同意語に聞こえる日が来るなんて。
「ワタシはねぇ、NoSとして、人をたくさん殺しました。たくさん、たくさん、たぁ〜くさん、ネ? そりゃもう、「今まで食べてきたパンの枚数」よりも多いんじゃないかってくらいにねぇ」
「守護者」を気取ってはいるが、その内実はただの殺戮者。
殺して殺して殺して殺して殺して殺してころしてころしてころしてころしてころしてこロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ。
タダタダ、コロシツヅケテキタ。
「そうしているうちにねぇ、判んなくなっちゃたんです。「アレ、ナニヤッテルンダロウ?」、ってね? そうなるといけません、目に映る者が人間に見えなくなっちゃたんですよ。 って言うか、自分が、人間のふりをしたバケモノに思えてきちゃうんですよね」
自分が人間なのだとしたら、人間とは、こんな醜いものを内側に秘めながら蠢いているただのバケモノになる。
自分がバケモノであるのならば、人間とは、ただの気色の悪い血の詰まった皮袋になる。
どちらにしろファランクスにとって、世界はどこまでも果てしなく醜いものにしか見えなくなった。
「しかし・・・貴方は違う、貴方だけは違う。あなたは全てが偽り、貴方には何もない。生まれもっての純粋なるニセモノ、だからこそ、貴方こそが究極の真実の美なのです」
全てが偽りならば、全てが虚構ならば、それはむしろ崇拝の対象になる。
存在しないものならば、ウソをつかれることはない。
あることが全てウソなのだから。
神様がそうであるように。
悪魔がそうであるように。
ファランクスにとって、ソアラはすでに神とも言っていい存在だった。
「ワタシは、ただ貴方が欲しい・・・全ての人間は貴方の虚像に騙されているだけ、貴方を愛しているわけではない。だが、ワタシは貴方の偽りまで全て愛しています。ワタシだけが、貴方を真に愛しているのです」
「・・・狂ってやがる」
「ワタシが、それとも貴方が?」
「・・・・・・・・」
とっさに言葉が出なかった。
わかることは唯一つ、この男は、たとえ死体になっても自分を「愛そう」とするということだけだった。
銃を足に絡みつくコンクリに連続して撃ち込む。
同時に足の肉もいくらか抉られてしまうが、痛みにも出血にもかまっているヒマはない。
背中を向け、ひたすら逃げる。
足がうまく床を蹴ってくれない、一歩進むだけで激痛がはしり、体が大きく上下する。
「おや、まだ鬼ごっこがしたいのですか? いいですよ、楽しみましょう」
嘲っているのでもない。バカにしているのでも、嬲っているのでもない。
ファランクスは楽しかった。
愛しい者の背中を追いかける。追いついて、その手を取ったとき、その肩を抱いたとき、その柔らかい髪に触れたとき、どうしようか、ただそれだけを考えていた。
彼は今、とてもとても幸せだった。
「くそっ! ・・・ちくしょう、ちくしょぉっ・・・」
もたつく足を必死で引きずる。
逃げなければ、死にたくないから。少しでも遠くに、少しでも離れなければ。
逃げて、生きるために―――
『アレ、ナニヤッテルンダロウ?』
「―――え?」
我に、返ってしまった。
生きる意味などない、生きる理由など最初からなかった。
だって、自分には何もないから。全て偽り、からっぽの存在。
全てウソで塗り固めた自分に、一体なんの意味があるのか。
体から力が抜けていく、ひざが崩れる。
「なにやってんだろ・・・」
こんなに苦しんで、傷ついて、バカみたいじゃないか。
手に持った銃には、あと一発だけ弾丸が入っている。
「なんにもないのに・・・わたし・・・」
ファランクスの言葉は正しかった。
自分の心の一番奥が、それを認めてしまった。
でも、まだいやだ、死にたくない。
手で床を掴むように、みっともなく這いずる。
ほんとうになにもなかったのかな?
「――――ウソツキ」
いたよ、わたしにも、わたしを見てくれた人が。
わたしのついたウソを見破って、わたしを見てくれた人が。
わたしを、見つけてくれた人が・・・
階段を降りようと手すりにしがみつく、しかし、自分の血に足をとられて、転がり落ちる。とっさに体を丸めて頭をかばうが、肩を、背中を打つ。鈍い痛みが染み込む。
「おやおや・・・大丈夫ですか? 足元には気をつけてくださ・・・ん?」
「おらぁあああっ!」
わずかに歩を早め、階段に向かうファランクス、その顔面に、拳が迫ってきた。
「ほう?」
とりあえずよける。わずかにもかすらない。
「ちっ!」
続けて肘、膝、上段、中段に蹴りを、さらに拳の連撃を弾幕を張るかのごとく繰り出す。
だが、そのことごとくが涼しい顔で避けられる。
「だれですか? 貴方」
近道をすれば十分で着くと思っていた。
だが、夜間は通行止めになっていて、回り道を繰り返していたら普通に歩くよりも時間がかかってしまった。
「このおっ!」
左からフックを撃ち込む、と見せかけて寸前で止め、体全体をまわすつもりで右からのハイキックを浴びせる。
「ふむ?」
だが、ファランクスは右手でそえるように、あっさり止めた。
しかし、人外の殺戮者に、「防御」させたというだけで、少年の技術は賞賛に値した。
「・・・歳の割にはよく鍛えられていますね、姫のご学友で?」
学校に到着したらしたで、いきなり爆発音。校舎の中に入ってみたら、なんか悪役っぽいセリフが聞こえて、それどころかソアラが落ちてきた。
で、いかにもアレなヤツがいるもんだからとりあえず殴りかかってみるが、まったく攻撃が当たらない。
「いけませんねぇ、こんな時間まで出歩いちゃ?」
ファランクスがわずかに指先を動かす。
「いっ!?」
足元からコンクリートを変質させた錐が襲い掛かる。
あわてて後方に跳んで串刺しを避けたが、そこはには階段があった。
「あだだだだだだだだっ!」
体中をぶつけながらころがり落ちる。
ごきんっ!
なんか首がちょっとヘンな音がした。
「い・・・た・・・痛ぅ〜・・・」
頭を抑えてしこたまうめく。
「な、なにやってんだよ・・・って言うか、なんでここにいるんだよ、げんじょ!?」
涙目になっている元譲に、叫ぶように問うた。
怒りなのか、喜びなのか、どちらなのかはわからなかった。
「ワタシはねぇ、NoSとして、人をたくさん殺しました。たくさん、たくさん、たぁ〜くさん、ネ? そりゃもう、「今まで食べてきたパンの枚数」よりも多いんじゃないかってくらいにねぇ」
「守護者」を気取ってはいるが、その内実はただの殺戮者。
殺して殺して殺して殺して殺して殺してころしてころしてころしてころしてころしてこロシテコロシテコロシテコロシテコロシテコロシテ。
タダタダ、コロシツヅケテキタ。
「そうしているうちにねぇ、判んなくなっちゃたんです。「アレ、ナニヤッテルンダロウ?」、ってね? そうなるといけません、目に映る者が人間に見えなくなっちゃたんですよ。 って言うか、自分が、人間のふりをしたバケモノに思えてきちゃうんですよね」
自分が人間なのだとしたら、人間とは、こんな醜いものを内側に秘めながら蠢いているただのバケモノになる。
自分がバケモノであるのならば、人間とは、ただの気色の悪い血の詰まった皮袋になる。
どちらにしろファランクスにとって、世界はどこまでも果てしなく醜いものにしか見えなくなった。
「しかし・・・貴方は違う、貴方だけは違う。あなたは全てが偽り、貴方には何もない。生まれもっての純粋なるニセモノ、だからこそ、貴方こそが究極の真実の美なのです」
全てが偽りならば、全てが虚構ならば、それはむしろ崇拝の対象になる。
存在しないものならば、ウソをつかれることはない。
あることが全てウソなのだから。
神様がそうであるように。
悪魔がそうであるように。
ファランクスにとって、ソアラはすでに神とも言っていい存在だった。
「ワタシは、ただ貴方が欲しい・・・全ての人間は貴方の虚像に騙されているだけ、貴方を愛しているわけではない。だが、ワタシは貴方の偽りまで全て愛しています。ワタシだけが、貴方を真に愛しているのです」
「・・・狂ってやがる」
「ワタシが、それとも貴方が?」
「・・・・・・・・」
とっさに言葉が出なかった。
わかることは唯一つ、この男は、たとえ死体になっても自分を「愛そう」とするということだけだった。
銃を足に絡みつくコンクリに連続して撃ち込む。
同時に足の肉もいくらか抉られてしまうが、痛みにも出血にもかまっているヒマはない。
背中を向け、ひたすら逃げる。
足がうまく床を蹴ってくれない、一歩進むだけで激痛がはしり、体が大きく上下する。
「おや、まだ鬼ごっこがしたいのですか? いいですよ、楽しみましょう」
嘲っているのでもない。バカにしているのでも、嬲っているのでもない。
ファランクスは楽しかった。
愛しい者の背中を追いかける。追いついて、その手を取ったとき、その肩を抱いたとき、その柔らかい髪に触れたとき、どうしようか、ただそれだけを考えていた。
彼は今、とてもとても幸せだった。
「くそっ! ・・・ちくしょう、ちくしょぉっ・・・」
もたつく足を必死で引きずる。
逃げなければ、死にたくないから。少しでも遠くに、少しでも離れなければ。
逃げて、生きるために―――
『アレ、ナニヤッテルンダロウ?』
「―――え?」
我に、返ってしまった。
生きる意味などない、生きる理由など最初からなかった。
だって、自分には何もないから。全て偽り、からっぽの存在。
全てウソで塗り固めた自分に、一体なんの意味があるのか。
体から力が抜けていく、ひざが崩れる。
「なにやってんだろ・・・」
こんなに苦しんで、傷ついて、バカみたいじゃないか。
手に持った銃には、あと一発だけ弾丸が入っている。
「なんにもないのに・・・わたし・・・」
ファランクスの言葉は正しかった。
自分の心の一番奥が、それを認めてしまった。
でも、まだいやだ、死にたくない。
手で床を掴むように、みっともなく這いずる。
ほんとうになにもなかったのかな?
「――――ウソツキ」
いたよ、わたしにも、わたしを見てくれた人が。
わたしのついたウソを見破って、わたしを見てくれた人が。
わたしを、見つけてくれた人が・・・
階段を降りようと手すりにしがみつく、しかし、自分の血に足をとられて、転がり落ちる。とっさに体を丸めて頭をかばうが、肩を、背中を打つ。鈍い痛みが染み込む。
「おやおや・・・大丈夫ですか? 足元には気をつけてくださ・・・ん?」
「おらぁあああっ!」
わずかに歩を早め、階段に向かうファランクス、その顔面に、拳が迫ってきた。
「ほう?」
とりあえずよける。わずかにもかすらない。
「ちっ!」
続けて肘、膝、上段、中段に蹴りを、さらに拳の連撃を弾幕を張るかのごとく繰り出す。
だが、そのことごとくが涼しい顔で避けられる。
「だれですか? 貴方」
近道をすれば十分で着くと思っていた。
だが、夜間は通行止めになっていて、回り道を繰り返していたら普通に歩くよりも時間がかかってしまった。
「このおっ!」
左からフックを撃ち込む、と見せかけて寸前で止め、体全体をまわすつもりで右からのハイキックを浴びせる。
「ふむ?」
だが、ファランクスは右手でそえるように、あっさり止めた。
しかし、人外の殺戮者に、「防御」させたというだけで、少年の技術は賞賛に値した。
「・・・歳の割にはよく鍛えられていますね、姫のご学友で?」
学校に到着したらしたで、いきなり爆発音。校舎の中に入ってみたら、なんか悪役っぽいセリフが聞こえて、それどころかソアラが落ちてきた。
で、いかにもアレなヤツがいるもんだからとりあえず殴りかかってみるが、まったく攻撃が当たらない。
「いけませんねぇ、こんな時間まで出歩いちゃ?」
ファランクスがわずかに指先を動かす。
「いっ!?」
足元からコンクリートを変質させた錐が襲い掛かる。
あわてて後方に跳んで串刺しを避けたが、そこはには階段があった。
「あだだだだだだだだっ!」
体中をぶつけながらころがり落ちる。
ごきんっ!
なんか首がちょっとヘンな音がした。
「い・・・た・・・痛ぅ〜・・・」
頭を抑えてしこたまうめく。
「な、なにやってんだよ・・・って言うか、なんでここにいるんだよ、げんじょ!?」
涙目になっている元譲に、叫ぶように問うた。
怒りなのか、喜びなのか、どちらなのかはわからなかった。