第16話 第四章「お弁当とお姫さま」(2)

文字数 3,236文字

 学食脇の自販機まで飲み物を買いに出た元譲、その背中を見送った。
 朝五時から作ってやった弁当を、百円かそこらのジュースで返されてやる気はない。
『あいかわらず、ヘンなとこで生真面目なヤツ・・・』
 マヌケ面といい、性格といい、変わらないバカなヤツだ。
 ほかの生徒たちから顔を見られないように、窓に顔を向け、かるく息を吐いた。
「あれ、元譲はどこだい?」
 のんびりとした声、たしか有坂とか言う、元譲の友達だ。
 協調性のない問題児だったが、それなりに社交性は身に着けていたということらしい。
「あ、光也君、げんじょはねぇ、いまボクのためにじゅーす買ってきてくれてるんだ」
 すぐさま、いつもの「仮面」を被る。
「へぇ・・・って、もしかしてコレ、ソアラちゃんの手作り弁当? すごいねぇ」
 そびえ立つ五段重ねの黒塗りのお重、さすがに光也もおどろいている。
「あはははは、よかったら光也君もどう?」
「うん、じゃあ一口」
 鰆の塩焼きをつまみ、口に入れる。
「うん、おいしいね、ソアラちゃん和食も作れるんだ?」
「まぁね、げんじょへの愛情があれば、これくらい朝飯前さ!」
 えっへんと胸を張った。
「すごいなぁ、元譲も幸せものだよ」
 ニコニコと光也は笑っている。
 少し、その笑顔が癪に障った。
「・・・あのさぁ、光也君はなんでげんじょの友達になってんの?」
 言って、自分は何を聞いているのかと思った。
 自分が「好きだ」と告白した相手の友達に、「アイツにいいとこあるのか?」と尋ねているようなものだ。
「へ?」
 不思議そうな顔をしている。あわてて、とりつくろった。
「あ、いやさ、げんじょって、ヘンなあだ名付けられてるし、あんな外見だから恐がられているみたいだし、なんでかなって」
 小学校の時もそうだった。いつももめごとばかり起して、怒られて。
 教師から「またオマエか!」と言われて、言い訳もしなかった。
他の奴らはうまく立ち回ってたのに、バカな問題児っぷりはあいかわらずらしい。
ついでに言えば、自分のせいで「ボーダーライン」を越えた者扱い、なのにこの少年の態度には変わりがなかった。
「んー・・・元譲はいいヤツだよ。それに、アイツは・・・うん、ウソをつかないんだ」
「ウソ?」
 一瞬、顔が強張ってしまった。
「ちょっと前のことなんだけどね、文化祭があったんだ。僕、模型倶楽部って所の部員でさ、モデルとかフィギュアとか、ドールとか、そういうの作っているんだ」
 
 模型倶楽部の展示発表会、部員たちはそれぞれ、自信作を持ち寄っていた。
 文化祭には他校の生徒も訪れる。日ごろは穏やかな気風がモットーの天目坂高校だが、誰の知り合いなのか、そこに頭を金色や赤に染めたような連中がやってきた。
「げっ、なにこれ、オタク部屋かよ」
「おっ、これ見ろよ、うわぁ〜パンツはかせてるぜ、気持ちワリぃ〜」
 丹念に重ね塗りで仕上げた彼らの作品を、脂まみれのよごれた手で弄繰り回した。
 ドールの足を無理やり開脚させ、バカみたいな声で笑った。
 しかし、部員たちはなにも言うことができず、悲しそうな顔をするだけだった。
 ついに、一カ月がかりで仕上げたフィギュアが、荒っぽい扱いの末に、床に落ちて腰から二つに割れた。
「ああああっ!」
 フィギュアの製作者、光也の先輩が鳴きそうな声をあげた。
「あんだよ?」
 もう、我慢の限界だった。
 光也は彼らの前に進み出て、睨み返されるのにも負けずに言った。
「すいません、もう帰ってもらえますか」
 大切な自分たちの作品をこれ以上汚されたくなかった。
「・・・・・・・」
 バキッ!
 問答無用で殴られた。
 光也は小学校のころからもケンカなんかしたことない。
 殴られたというショックで、なにも言えなくなった。
 が、もっと驚くことが起きた。
 ぼごっ!
そこに元譲が現れた。どこにも居場所がない彼は、自分のクラスにもいれず、ブラブラとしていたらしい。
 空間を切り裂くような鋭い裏拳を、光也を殴った男に撃ち込んだ。
 その一発で、男は気絶した。
 奇声をあげ、抗議の声と言うより、鳴き声のような音を出す連中に、元譲は怒りをこめた目で、一言言い放った。
「オモテ出ろ」

「・・・で?」
 なんとまぁ、マンガのような登場シーンだ。
「それで、助けてくれたから、仲良くなったの?」
「う〜ん・・・少し、違うんだ」
 そのあと、当然ながら元譲は残りの連中を瞬殺する。
 ただし、校内で、他校の生徒とトラブルを起こしてしまったことで、元譲は一週間の停学になった。
「それでさぁ、ホラ、一応は僕のせいだと思って、家に行ってみたんだ・・・その、お礼を言いに」
 無論光也はそこに至る経緯を教師に説明した。
 だが、元譲は「なんとなくムカツいたからやった」と言って、光也の証言を撤回させた。
 なんでそんなことを言ったのか、その理由も聞きたかったから。
「別に・・・ムカツいたのはホントだし、お前らのせいにするつもりはねーよ」
 ぶっきらぼうに、目もあわせずに答えた。
 だが、それは悪びれたわけでも、カッコつけたワケでもなかった。
「その・・・メーワクかけたか?」
 元譲は、あの時、あの場で騒ぎを起こすことは光也たちが望むことではないと思った。
 正しい判断ならば、教師を呼んで来るなりすればいいのだろう。
 だが、人が一生懸命作ったものを嘲笑いバカにする奴らを前にして、ガマンできなかった。
 だから、「光也たちのために」なんて、口が裂けても言わなかったのだ。
「ううん・・・スッキリした」
 光也は笑って、自宅謹慎でヒマをしている元譲への、ちょっとした差し入れ代わりにプラモデルを送った。
「オレ、こーゆーのうまく作れねーんだよ」
「ダイジョーブ、教えるよ」
 それから、二人は友人になった。
「元譲は、ウソが嫌いなんだ。人に対してもそうだし、自分にもね」
 もしかして普段教室で誰とも喋らないようにしているのも、そんな自分の性分を理解しているからなのかもしれない。
 少し、ソアラはその話を聞いて、胸がチクリと痛んだ。
「あははは、スゴいね光也くんは、そこまでわかってあげるなんてさ?」
 だから、それを気のせいにするために、ソアラはちゃかすように明るい声を出した。
「安心して、僕は元譲の友達のつもりだから。ソアラちゃんのライバルになるつもりはないよ」
 言って光也は微笑んだ。
 ソアラの微妙な、ともすれば見逃してしまいそうな険しい表情を、嫉妬なのだと思った。
「なんだか勝手にヒトのハナシで盛り上がってんじゃねーよ」
「あ、元譲、お帰り」
 いつのまにか元譲が手に紙パックのジュースを持って現れた。
「・・・ん? どうした、なんかあったか?」
「え? いや、なんでもないよ」
 なにげない元譲の一言に過敏に反応してしまった。
「・・・・・・まぁいいけどよ。ホレ、飲めよ」
 渡したのは「青汁オレ」だった。
「うわっ、元譲、それ買ったの?」
「へっへっへっ・・・」
 これまでのささやかな仕返しに、キワモノで返して困らせようとした。
「ん、ありがと・・・」
 だが、ソアラは特に驚くことなく手に取ると、ストローをさして飲み始めた。
「え?」
 十中八九、「こんなもの飲めないよ〜」と言うと思いこっそり別に「メロン・オレ」も買っておいたのだが、ソアラは気にせず「ずぞぞぞぞぞっ」と、お世辞にもおいしくはなさそうな音を立ててすする。
「・・・ソアラちゃん?」
「・・・う、うまいのか、それ?」
 怪訝そうにソアラの顔を覗き込む。
「へ、これボクの好物だよ? 驚いたなぁ、日本でも販売してたんだ」
「なにぃっ!?」
 パックを裏返し、「生産地」の項目を確認する。
 そこには、たしかに舌をかみそうな名前の国名が記載されていた。


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