第15話 第四章「お弁当とお姫さま」(1)

文字数 3,191文字

 昼休みのチャイム。
 いかに飽食の時代と謳い上げられようとも、昼休みのお弁当の時間を待ち焦がれぬ男子高校生はあんまりいない。
「さぁーて、メシだメシ、学食に行くとしよう!」
 わざとらしく大声を上げて、四限の授業で使った教科書もしまわずに立ち上がる。
「げんじょ、ボクおべんと作ってきたんだ。いっしょに食べよ」
「さぁーて、なにを喰うかな、たまには贅沢してトンカツ定食としようかな! 肉喰ってこその人類だよな」
 わけのわからないことを大声で言いながら、すばやく扉に向かおうとする。
「げんじょ、ボクおべんと作ってきたよ」
「もしくはうどんとかソバもいいよなぁ、トッピングとか加えて無限のバリエーションを楽しめるし。肉うどんにさらに肉を加えて、も一つオマケに肉をトッピングして「肉々々々々うどん」ってのも一興だよなぁ」
「げんじょ、おべんと・・・」
「うるせぇっ! 思いっきり無視してんだから気づけよ、察しろよ、あと腕関節を極めんなぁ!」
 ひたすら目線をそらし、背中を向け逃げ去ろうとした。しかし、まるで床の上をすべるような移動で立ちふさがったソアラ、あざやかな動きで脇固めをかけられ床に沈められる。
「おべんと・・・」
「知ってるよ、気づいたよ! ってか、なんだそのでっかい重箱は、何段重ねだ!」
 朝、教室に「おっはよー」と明るい笑顔で入ってきたソアラ。
 その右手には通学用のカバン、左手には高さ一メートルはあろう風呂敷包み。
「・・・やだなぁ、げんじょへの愛を詰め込もうとしたらこれでも小さすぎるくらいだよ?」
「知るかっ! オレは喰わんぞ、誰が喰うかそんなモン! あと、ホントにいいかげん腕はなせ」
 泣きそうな顔をしながらも、ギリギリと容赦なく腕は締め上げられている。
「ひどーい、夏河!」
「そうだよ、女の子の手作りを!」
「悪魔だ、悪魔超人がいるぞ! アシュラマンみたく仲間になる系じゃなくて、アトランティスとかの救いようがない系だ!」
「不忍池に帰れー!」
 好き勝手に騒ぎ出すクラスメイトたち。
 すでに1―Cの生徒たちはほぼ全てソアラの味方になっていた。
 その外見による魅力もありながら、「どこかの国のお姫様」という身分でありながらも全くかざらない性格で、女子からは「かわいいー」と愛され。男子からもアイドル視されていた。
 対して、一昨日までは「買取王」として学校一の喧嘩師で通っていた元譲は、かつての強面なんのその、マヌケ悪役キャラにまで株を下げていた。
 一度落ちた権威は、失墜すると底なしにまで叩き落される。
 別に二十一世紀の日本で番長を気取るつもりなどなかったが、ここまで堕ちるとは思わなかった。もし革命で殺された王様の幽霊が現れたら、ちょっと話が合うかもしれない。
 小学校の時もそうだった。ソアラはみんなに愛され、対する自分は常にヒール役だった。
 ソアラがどれだけ自分を叩きのめそうが、教師に至るまで特撮モノの怪獣以下の同情も向けられなかった。
 教室内に湧き上がるシュプレヒコールの嵐。
 この世は敗者にはかくも厳しい。
「みんな、やめて!」
 しかし、それを制したのは、擁護されていたはずのソアラだった。
「・・・悪いのはボクなんだ、ボクが余計なことしちゃったから・・・そりゃ、確かに今朝五時起きで、一生懸命作ったのに、一口も食べてもらえないなんて、辛くて、悲しいけど・・・でも、悪いのはボクなんだ!」
 目元に涙を滲ませる。それを拭う指先には何枚ものバンソーコーが張り付けられていた。
「でも・・・でもボク負けない! いつの日かげんじょが笑顔で「美味しい」って言ってくれるその日まで!」
 やんややんやと起こる喝采。
「いい加減にしやがれっ!」
 極められていた腕を力ずくで持ち上げ、そのままブン投げる。
「おおっと!」
 しかし投げられつつも、ネコのようにクルリと一回転し、スカートを手で押さえる余裕までみせて着地する。
「あらっぽいなぁ、げんじょったら」
「手ェ見せて見やがれ!」
「あ」
 左右十本の指に貼られたバンソーコーを引っぺがす。下からは白魚のようなキレイな指が現れる。傷はおろか、ささむけもない。
「・・・ありゃ、バレた」
「昔っから小器用だった手前ェが、こんなマンガみたいなことするか」
 ソアラは勉強やスポーツだけではない。手先も器用だった。
 都の写生コンクールで賞をもらったくらいだ。
 ちなみに、元譲は「夏河・・・鳥の足は、三本じゃない」と言われた過去を持つ。
「それに―――」
 見えないように仕舞い込んだ目薬の小瓶を掠め取る。
「やん、それまでぇ〜」
「気づかいでか、ベタな真似しやがって!」
 もうこれ以上付き合っていられない、とばかりに教室を出ようとする。
「逃げるの?」
 その一言に、元譲の足が止まる。
「あんだと、コラッ?」
「勝負して決めようよ? ボクが勝ったらいっしょにおべんと食べる、負けたら・・・」
「・・・負けたら?」
「げんじょが知りたいこと教えたげるよ?」
 あからさまな挑発、指で「おいでおいで」のサインをつくる。
 震える元譲の肩。
「へっへっへっ・・・ジョトだ、コラァッ!」
 最初に仕掛けたのは元譲だった。
 床を蹴り、弾丸のようなとび蹴りを撃つ。

 ―――――略

「オレはどうやって負けたー!?」
 教室の床にみじめに転がされる。
「げんじょ、最後に愛は勝つんだよ?」
「意味が違う・・・」
 観念して席に着き、墓標のようにそびえる重箱に対峙する。
「あーんしたげるよ、はい」
「それは絶対にノウだ!」
 引っ手繰るように箸を取り、無作法に、突き刺すように玉子焼きを取る。
「どう? おいしい?」
「・・・・・・・・・」
「あ、このアスパラをベーコンで巻いたの自信作なんだよ、あとねぇ、このエビフライもねぇ味つきだからソースつけなくても美味しく食べられるよ? それとねぇ・・・」
 うれしそうに、と言うよりもじゃれているようだった。
「・・・・・・・・・」
 無言でガツガツと食べる。
 美味かった。
 既製品の美味さでも、プロが作った洗練された美味さでもなく、手作りの、一生懸命作った美味さがあった。
「・・・・・ちきしょう」
 「これでもかぁっ」と言うほどの美少女が自分のためにお弁当を作ってくれる。
 おそらく、傍目で見たらこれほど幸せなランチタイムはないだろう。
 だが、目の前にいる笑顔の主は男なのだ。
 ジェンダーな人たちを否定する気はない。
 そういったスタイルの生き方をしている人たちも、さまざまな苦労があるということも理解できる。決して頭ごなしに嫌うつもりはない。
 だが、だがこれはあまりにも―――
『究極の選択過ぎるだろぉ・・・!?』
「あれ、げんじょ、塩加減間違えてた? なんか苦虫噛み潰したような顔だね?」
「なんでもねぇ、激しく何でもねぇ!」
「?」
 どうも自分は、考えが顔に出すぎるのかもしれない。あわててそっぽを向いた。
「あ、しまった。飲み物持ってくるの忘れたよ」
 せっかく水筒にオレンジ味のカルピスを入れてきたというのに、痛恨のミスだった。
「・・・・・・」
 ガタリとやや乱暴に元譲が立ち上がった。
「ちょっと待ってろ」
 無愛想に一言だけ言う。しかしソアラはなにを言っているのかわからず、すこし不思議そうな顔をした。
「え〜と・・・もしかして、飲み物買ってきてくれるの?」
「一応・・・メシおごってもらうわけだし、それぐらいはする」
 ブスッとした顔で言い放つ。
 一口食べれば、少なくとも善意で作ってきてくれたものだということはわかった。
 別にたいした意味はない、ただの礼儀と言うか、筋と言うか、それだけだった。
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