第19話 第五章「白いワンピースなお姫さま」(2)

文字数 3,006文字

 休日と言うものはすばらしい。
 ただ肉体を休めるだけでなく、心のやすらぎをくれる。
 日常がどれだけ異常な状態にあろうとも、休日に入ったならば、いったんそれは横に置き、魂を休息させることができる。
 そう、例えば学校では「美少年のカレシ」と呼ばれる自分であろうとも、「買取王改め肉欲王」と呼ばれようとも、今は、今だけは平穏の中にいられる。
 そんなことを夢と現の狭間で考えながら、元譲はベッドの中でまどろんでいた。
「いつまで寝てんのサ!」
 ごいん。
 なにか硬くて重い塊が腹の上に放り投げられた。
「おぶっ!?」
 布団の上からでも伝わる確かな重量に息が漏れる。
「な、なんだぁ?」
 それは熊の木彫りの置物だった。
 なぜか日本全国のご家庭に高い確率で存在する地方土産。見覚えがある、確か近所の佐々木さんがお土産でくれたのだ。
 されどなぜこれが自分の腹の上に載っているのか、少なくとも木彫りの熊が命をもったわけではないのは確かだった。
「妙・・・」
 投げつけた張本人に非難を込めた視線を投げる。
「あのさ、今日休みなんだけど?」
「休みだからって昼まで寝ようっての? 扶養家族のクセに生意気な」
 元譲の家は共働きである。
 父親は仕事の都合で家にいることはおろか、日本にいることすら珍しい。
 母親もそれに付き合って世界中を渡り歩いているため、妹の妙と二人暮しだ。
 炊事はもとより着古したパンツの洗濯まで任せっぱなしのため、とかく頭が上がらない。
「お前もそうだろ」
「わたしは家事とか、サイやアンタの世話で忙しいのよ!」
 サイとは飼っている犬の名前である。
「兄を犬と同レベルかよ」
「なに言ってんのよ、サイは毛並みがフワフワでかわいいし、言うことよく聞くし、アンタよかずっとマシ!」
 どうやらそれ以下だったらしい。
 なんと言うか、目つきも鋭く、頑固で意地っ張りで、もう中学生なんだからもう少しおしとやかになってもいいだろうにと思う。
「ヒマなら、布団干すのと、お風呂場掃除手伝ってよ」
「・・・あのなぁ、兄は学校で疲れているのだよ、ゆっくり寝かせてくれ」
「どーせ、人には言えないようなバカなことばっかやってんでしょ」
 確かに人には、家族には知られたくないことで悩んではいる。
「まったく、この前なんか、学校帰りにバカヤンキーに絡まれてさ、アンタの妹ってバレたら相手涙眼になって逃げてったわよ」
 その時一緒にいた友達から変な目で見られ、ごまかすのに苦労した。
「役に立ってんじゃねぇか・・・」
「どーせ休みだからって友達もいないし、彼女なんていないんだから、わたしの役に立ちなさいよ!」
 軽くため息をつく。
 反論する材料もない、ここはおとなしく従うに限る。
「妙? いい加減「アンタ」は止めろよ」
「はっ? 「オニイチャーン」とでも呼んで欲しいの? それとも「兄くん」? 「おにいたま」? 「兄上様」? 痛ッ!」
 一言返せば百倍になって返ってくる。
 拳のケンカはともかく、口ゲンカの自信はない。
「布団干す・・・」
「あ、その前にシーツ外しといてね、今日いい天気だし、洗っちゃうから」
 無言で手を振って了承に代える。
 ピンポーン。
 玄関のチャイムが鳴った。
「ん?」
 ピンポーン。
 もう一度鳴る。
「誰か来たぞ?」
「あーアレだわ、新聞の勧誘。最近しつこいのよ、出てきて」
「なんでオレが?」
「あたしは、掃除の真っ最中なの。洗濯も平行してやってるの!」
「お前の客かもしんねーだろ!?」
「そーだよねぇ〜アンタにカノジョなんかいないだろうし、いいから行け!」
 元譲は小学校のころからとかく女の子に縁がなかった。
 はっきり言って嫌われていたといってもいい。
 中学・高校を経て、目つきの鋭さもあり、怯えられることはあっても好かれることはない。
「もしも女の子がアンタを訪ねてきたら、それこそ「おにいたま」だろうが「にいたん」だろうが好きに呼んでやるわよ。なんだったら裸踊りでもしてあげようか?」
「あーあーそうしろ! 鼻には爪楊枝挿せよ」
「オッケ〜オッケ〜」
 嫌味も皮肉も通じない、我が妹の可愛げのなさにため息がこぼれる。
 ピンポーン。
 三度なるチャイム。
 もし宅配便などだったら留守だと思い帰ってしまうかもしれない。急いで玄関に向かう。
「はーい、どちらさんで・・・」
「やは、げんじょ」
 扉を開いた先には、白いワンピースにバスケットを持った金髪美少女がいた。
 バタン。
 扉を閉じる。
「・・・・・・え?」
 疲れているのだろうか、ついに白昼夢を見始めたのだとしたら、いよいよカウンセラーの出番かもしれない。
 ガチャリ。
 扉が開く。
「なにすんだよげんじょ?」
 ふたたび閉められないように、ソアラは扉の隙間に足を挟みこんだ。
「手前ェ・・・なにしにきやがった!」
 ニコニコ笑いながら空を指差した。
「空がとっても青いから」
「は?」
 言っている意味がわからなかった。
「だから、こんないい天気なのに家の中でうじうじするなんてもったいないよ。遊びに行こ? ホラ、おべんと作ってきたよ、サンドイッチだよ! 愛するげんじょのためにがんばったんだから」
 宝石箱をみせびらかすようにバスケットを見せつける。
「断る! オレは今日は一日家でまったり過ごすんだ! もう決めたんだ!」
「そんなこと言わないでさぁ〜・・・って、あのコ、なにしてんの?」
「は?」
 自分の後ろを指差す。肩ごしに振り向くと。
「あ・・・ああああ・・・・」
 妙が泣きそうな顔で鼻に爪楊枝を入れ、服を脱ごうとしていた。
「こ、コラ、やめろ、なにやってんだ!?」
「ううう・・・ご、ごめんなさいオニイチャーン!」
 どうやら現れたソアラを「カノジョ」と思い公約を果たそうとしている、律儀なことだった。
「違う、やめろ、いいからとりあえず服を着ろ!」
 細かく説明するわけにはいかない。さりとてこのまま思春期の妹にトラウマになることをさせるわけにもいかずあわてて服を着させ、鼻の爪楊枝を外させる。
「わ、わたし兄くんをナメてた、こんなかわいいコを、しかもキンパツを・・・」
「いや、その・・・そーゆーんじゃなくてな・・・? とにかくもういいから、爪楊枝出せ、鼻ん中傷だらけになるぞ」
「ゆるしてくれるの・・・おにいたま」
 涙目になっている。
 そんなに自分に彼女がいるということがショックだったのだろうか、ここまでいくとこっちのほうが辛い。
「と、とにかく奥行ってろ、な?」
「はい・・・兄上様・・・」
 十二種類全部言うつもりなのだろうか、とにかく妙を玄関から離した。
「いもうとさん? おもしろいコだねぇ?」
「・・・あー、それには触れんな。とにかく帰れ」
「やだ」
 にらみ合う、どうやらテコでも動かない、ということらしい。
「それとも、勝負する? 勝ったら――――」
「わかった、ちょっと待ってろ、着替えるから」
「へ?」
 すんなりと承諾したことに、ソアラは意外そうな顔をする。
 さすがに妹がいるのに、一応は女の子にしか見えないソアラとやりあうわけには行かない。
 もし負けてしまえば、いよいよ権威が地に落ちると言うのも、理由の一つでないわけではなかった。
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