第21話 第五章「白いワンピースなお姫さま」(4)

文字数 3,401文字

 博物館を出て、再び外園に戻る。
 広場の一角にあるベンチに座り、ソアラがバスケットを出した。
「今日は自信作だよぉ、ボクんちの下に『トッカーブロート』って言う美味しいパン屋さんがあってねぇ、そこのパンで作ったサンドイッチだよ」
 店員の制服がかわいらしいので有名だが、味もすばらしい、メロンパンのことをなぜかパイナップルパンと呼称しているのだが、それがまた大人気で、いつも行列を作っている。
「ホラ、カツサンド作ってきたよ、学校で売ってたのと同じ味じゃないかもしれないけど、おいしいよ?」
 笑顔で誇らしげに見せるソアラだったが、手が止まった。
「・・・やっぱ、食べるのイヤかな?」
 少し、寂しそうな顔だった。
「・・・いや、ここまで来たんだし、回りに知り合いいねーし」
 それに、朝食も取らずに出てきたから、正直空腹だった。
 それと、昨日「誰が喰うかそんなモノ」といったのは少し言いすぎだったか、と少し気にしていたこともあった。
「よかったー! また勝負しなきゃ食べてくんないかと思ったよ」
 つまり、最悪の場合、無理矢理食わせるつもりだったようだ。
 気を使うのがマヌケに思えてくる、いい性格だった。
「・・・・・・」
 無言で、もぐもぐと食べる。
「どお? 美味しい?」
「まぁ・・・うまいわ」
 正直に言う。ふっくらとしたパン生地とサクサクの衣、マスタードの刺激が全体の味を引き締めていた。
「よかったー」
 それだけで、うれしそうな顔になった。つられて笑いそうになる自分に気づき、あわてて顔をこわばらせる。
「妹さんカワイイねぇ、目元とかげんじょにソックリだねぇ」
 よく言われる。性格まで似ていると言われるが、大変不愉快な話だった。
 もう中学生だというのに、あの可愛げのない性格で大丈夫だろうかと心配になる。
「生意気で、兄を兄とも思わんクソガキだよ」
 今日は熊の置物だからまだよかった。この前など、どこから持ってきたのかボーリングの玉を投げようとしてきた。寸前で気づいて避けたからよかったようなものを、なにを考えているのだか。
「お前さ、そんな格好してて、家族はなんも言わねーのか? 親や兄弟泣いてんぞ?」
 ふと、そんなことを思った。
 お国柄というのもあるのだろうが、息子が美少女になったら、どれだけ理解のある家庭でも家族会議は免れないだろう。
「ああ、それなら大丈夫だよ」
 あまりにも小さすぎて気づかないものだった、小さすぎて、元譲には気づけなかった。
 ソアラの目が、わずかにすぼめられたことを。
「ボクの両親死んでるし、兄弟もいるんだかいないんだか、よく知らないし」
「え・・・?」
 まるで、昨日の晩御飯のメニューを話すような、なんのことはない、自然な口調だった。
「飲む? オレンジ味のカルピスだよ?」
 よどみない動きで、魔法ビンに入れてきたカルピスをコップに注ぐ。
 溶けることを計算して氷も入れてきたのだろう、少し濃い目だった。
「ボクんちってさ、決まりごとがあってね、家を継げるのは最初に生まれた男の子だけなんだ。でもさ、それじゃあ世継ぎがいなくなる可能性もあるでしょ? だから、おめかけさんって言うか、後宮みたいのがあるわけさ?」
 別に珍しいことではない。
 王様と言うものは、創始者を除けば、存在することに意味がある。 
 「血」という権威を守護することだけが存在理由なのだ。
 したがって、一夫多妻制ではない国でも、特例として行うことは珍しくないし、日本でも似たようなことは行われていた。
「腹違いの兄弟姉妹とか、いるんだかいないんだかわかんないのさ」
「でも・・・それでも兄弟なんだろ? 会ったことくらいはあるだろ?」
「・・・げんじょ? ボクんちはね、暗殺と謀略が趣味みたいな一族なんだ。第一王位継承者ってだけで、ボクが殺される理由も、弟や妹に嫌われる理由も十分なんだよ」
 少しだけ、ソアラの口調は皮肉めいていた。
 それが、平和な国で普通に兄弟げんかができる世界にいる元譲を揶揄したものなのか、それとも、自分がいる世界を蔑んだものなのかはわからなかった。
「ボクが日本で小学校に通っていたのもそれが理由だよ。でも、そのころはまだマシだった。後ろ盾になってくれていた人がいたから、比較的平和に暮らせたんだけどね・・・」
 ただし、それも十歳までだった。
 後ろ盾が突如として失脚、帰国命令が下った。
「待っているのは確実な死・・・だから、ボクは一計を案じたんだ。それが、この格好さ」
 王位を継げるのが男子だけならば、女と欺けばいい、そういう理屈だった。
どこかのマンガとは真逆のシチュエーションである。
「初めてこの格好になったときのことは今でも忘れられないよ・・・」
 肩が震えている。
 たとえどんな理由であったとしても、生まれもった性を否定されるというのは、決して軽い衝撃ではないだろう。
「・・・あ」
 思わず、その肩に手を置きかけた。
「・・・・・・なんてカワイイんだって」
「はい?」
 手を止める。
「もぉ、ビックリしたよー! なにこの超絶美少女わってハナシだったね! 自分で自分が怖くなったよ、『美しさは罪』ってフルコーラスしちゃったよ! ・・・おや、げんじょ? なにズッこけてんの?」
 一瞬同情したのがバカみたいだと思ったんだ! どなりつけたかったが、口がうまくまわらなかった。
 つまり「呆れてものが言えない」状態だった。
たしかにソアラは美少女だ。
 この格好を見て、この姿を見て男だと思うものなどまずいないだろう。
 正直な話、自分でも最近記憶を疑い始めている。
 なにせ元譲の記憶にあるのは小学校の時、第二次性徴の前だ、男女の境界線もまだあいまいだったころだ。
「なぁ・・・おまえ、ホントにどっちなんだ?」
 心から、問いかけた。
「ボクがオンナノコじゃないと、げんじょはボクを好きになってくれないの?」 
一陣の風が吹いた。
 木が、枝が、葉がざわめき、音が波のよう拡がる。
「なら・・・自分で確かめれば?」
 いつもの冗談めかした顔ではなかった。
「いまここでさ、わたしをひん剥けば? 抵抗しない、好きにすればいい」
「なっ・・・!?」
 ここは公園、公共の場で、まだ日も高い、と言うより真っ昼間だ。
 だが、この場所は奥に入った場所にあり、サンイッチを食べている間も、誰も通りがからなかった。
 まるで、あらかじめそう仕込まれたように。
「・・・・・・・・」
 ソアラはなにも言わなくなった。
 口をまっすぐに結んで、まるで、なにかを待つようだった。
 白いワンピースが、無性に目にまぶしかった。
「あ・・・の・・・いや・・・」
 思わず立ち上がり、見下ろす形になる。
 ソアラはただ、じっと自分の目を見つめていた。
 その瞳を、元譲はただ美しいと思ってしまっていた。
「ただし」
「―――――!?」
 ほんのわずか、元譲の手が動いたのと同時にソアラの口が開いた。
 まるで聖なる言葉を聞いて動きを封じられた魔獣のように、動きを止める。
「ボクんちには掟って言うか、決め事があってね? 『王族の肌を暴きしものは、一生を以って償いとせよ』ってのがあるんだ」
「・・・なに?」
つまり、むりやりハダカにすれば殺す、という意味である。
 ずざざざざざざっ
 足に高速モーターでもついているのかと思わせるスピードで後退する。
「な、なんだその法律は! 人権無視もはなはだしいぞ! オレは日本人だぞ、お前んとこの国民じゃねぇ!」
「世の中には外交官特権ってのがあってねぇ、ボクにもそれは当てはまるんだよ?」
 言いながらおかしそうに笑う。
 理解した、からかわれたのだ。
「・・・あー笑った笑った。じゃ、ボクちょっとおトイレ行ってくるよ」
 ぽてぽてと歩く。
 と、振り返って、意地悪い顔をつくる。
「またこっそり着いてきちゃダメだよ?」
「うるせぇっ!」
「あははははは」
 いつもの顔に戻り。笑いながら去っていく。
「あー・・・」
 どっと疲れた。
 しかし、自分が何を考えたか、何をしようとしてしまったか、いや・・・何を思ってしまったのか。
 ソアラの性別がではなく、元譲は自分の心がわからなくなっていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み