第13話 第三章「お姫さまの告白」(5)

文字数 1,505文字

「なに飲む? カフェオレにイチゴオレ、フルーツオレに抹茶オレ」
 二人は場所を変えて、学食前の自販機の前にいた。
 すでに学食は閉まっていたが、自販機は正門が完全に閉じられるまで稼動している。
「えらくオレ系が充実してんな?」
「まだまだあるよ? 紅茶オレにヨーグルトオレ、あと青汁オレ」
「青汁? またマニアックな品揃えだな」
 いままでウーロン茶とポカリしか置いていなかった。
 さすがにこれは、と生徒たちからの要望もあり、大幅に種類を増やすことにしたのだが、定年間近の学年主任により、なぜか「炭酸系はダメだ、子供は乳飲料を取るべきだ」と言うわけのわからない理屈の元、このようなラインナップになった。
「青汁なんて飲むヤツいるのか?」
「一部にリピーターがいるみたいだね、飲んでみる?」
「いや、いい」
 受け狙いを試して楽しめる精神状態ではなかった。
 結局元譲はカフェオレを、光也は新発売のシークワサーオレを飲むことにした。
 無言でベンチに座り、パックを破るように開けて直接口をつける。
「ふう・・・」
 思わず、複雑な感情がため息になってこぼれた。
「やっぱ、ショック?」
 対照的に、丁寧に袋からストローを出して差し込む光也。
「・・・まあな」
「やっぱ、レモン味なの?」
「・・・はっ倒すぞ!?」
「冗談、ジョーダン」
 確かに、キスをされたことはショックだった。
 人生初めてのことで、しかも衆人環視で、あげくそれが、『男』で、その上その場で告白までされてしまった。
 ショックだった。かなりショックだった。
 これに匹敵するものは親の胎から出てきたときくらい、と言っても過言ではなかろう。
 だが同じくらい、負けたことが痛かった。
「オレの六年間はなんだったんだ・・・」
「確か、ずっと修行してたんだよね?」
「ああ、オレと師匠との、想像の限界に挑戦するような修行の日々は、一体なんだったんだ・・・」
「師匠って・・・確か近所の公園でしょっちゅう昼寝してたおじーさんだったっけ?」
「ああ、ワンカップ一本持って行くとその日一日稽古つけてくれたんだ」
「あー・・・」
 古来より、会話の途中で、不意に起こる気まずい空白を、西洋では「妖精が通った」と言う。
 十匹ばかりの妖精が通り過ぎた。しかも二往復した。
「うん・・・元譲がいいんならそれでいいんじゃない」
「・・・なにが言いたいんだよ」
「元譲が強いのは本当なんだし、『病は気から』って言うし、『いわしの頭も信心から』って言うし」
「だから、なにが言いたいんだよ」
 公園でクダをまいていた酔っ払いのアレな人に、からかい半分で安酒たかられてケンカ技を教えられたんじゃないの? と言えるほど、光也は残酷ではなかった。
「サンタさん何歳くらいまで信じてた?」
「お前・・・たまに慈しむような目でオレを見るよな?」
 ふたたびそれぞれ飲み物に口をつける。
「そもそもさ? 小学校のときに同じクラスだったんだよね?」
「ああ、小五のときに突然転校してった」
「うん・・・で、仲悪かったの?」
「あー・・・つーか、こっちから一方的にケンカ売ってた」
 そしてことごとく負けた。
「で、いつ再会してもいいように修行してたの? なんでそこまで嫌ったんだい?」
「別に、意味は・・・」
 ない、と言おうとして、口が止まった。
 理由はある。ただ、あまりにも子供っぽいと言うか、恥ずかしいと言うか、とにかく共感は得られないであろう予想はあった。
「・・・なんとなく、ムカついただけだ」
「・・・ふーん」
 飲み終わった紙パックを、グシャリと握りつぶした。
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