第2話 第一章「帰ってきたらお姫さま」(1)

文字数 2,706文字


 天目坂高校、特になんの特色もないのが特徴という、どこにでもある「普通」の高校。
 有名な卒業生もおらず、次の試合で負ければ廃部になるクラブもなく、イジメもあるが、洒落にならないレベルに追い込むような空気の読めないヤツもいない。
 とにかくまぁ、どこにでもある高校である。
 が、ここにその校風を乱す男がいた。
「がばぁっ!」
 弾き飛ばされる他校の生徒。
「手前ぇッ!」
 もう一人が拳を振りかぶってくる。
 ケンカの肝は「相手から目をそらさないこと」とよく言われる。
 「目をそらしたらビビッたと思われるから」と勘違いするものもいるが、そうではない。
 攻撃を加えようとする敵、その攻撃にいたる寸前のアクションを見逃さないため、と言う大変実質的な理由のほうが大きい。
 肉食の野生動物と相対したときの「目をそらすな」とはワケが違う。
 少なくとも、元譲は前者の理由に基づき、正確に、「観て」いた。
 襲い掛かる拳をかわすでも受けるでもなく、振り切った瞬間にあわせて、殴りつけた。
 一種の間接技と同じ痛みに、相手の意識がかたよる。
 それを見逃さず、すばやく半歩踏み込み、同時に肘を差し込んで相手のガードを上げ、逆側の手で掌抵を横っ腹に打ち込んだ。
「―――ぎびっ!?」
 人間の体に感じる痛みは、大きく二種類に分けられる。
 「皮膚的な痛み」と「内臓的な痛み」。
 わかりやすく言うと、「鍛えれば耐えられる痛み」と「耐えようがない痛み」である。
 薄い筋肉を通り越した衝撃は内臓に直撃し、その場で崩れ落ち悶絶する。
 天目坂高校の通学路は、大半の生徒が公道を抜け、並木橋大通りを行く。
 しかし、それよりも北側の、高速道路の高架沿いの道を行くほうが近道になる。
 この周囲は小さな工場や、建築重機の待機所があるばかりで、人通りは少ない。
 その並びに唯一あるコンビニに、夏河元譲は立ち寄っていた。 
今朝は少しばかり寝過ごしてしまい、朝食を食べ損ねた。
 そんな日に限って二時間目が体育だったりする。
 朝ヌキでは少し辛い。
 そこで、近道をして、コンビニに寄ってパンでも買おうと思ったのだ。
 それだけの、大して珍しくもない高校生の朝の思考だった。
 ただし、そこに一つ問題があった。
 この近道を通ると、天目坂高校とは逆側にある別の高校の通学圏内と重なってしまう。
 その高校と言うのが、なんと言うか、ある意味昔かたぎなヤンキー高校だった。
 目が合えばケンカを売られたと判断し、味も分からないのにタバコを吹かし、何か言われれば「ああんっ!!?」でしか返せない、「ここいらじゃ俺ら最強じゃね?」という小さいんだか大きいんだかなフレーズが心の支えの連中が、なぜか寄り集った高校だった。
 一言で言えば、「そのまんまの意味で係わり合いになるのがめんどうくさい連中」だった。
 数分前――――
「あ、悪い」
 コンビニでこしあんドーナツを買い、ドリンクコーナーに移動しようとした元譲は、彼らの一人にぶつかってしまった。
 朝も早くからコンビニで座り読みをしていたヤンキー軍団、通り抜けようとしたが、うっかり足が当たってしまった。
 だが、元譲の注意力不足だけをせめることもできない。
 買うわけでもないのに、三人で場所を取って座り込めば、ぶつかってもしょうがない。
誠心誠意を込めたとは言わないが、謝罪しただけ元譲は理性的な行動を取ったといえる。
 しかし、彼らはそう思わなかった。
 元譲の外見的特長と言うのも理由のひとつだったかもしれない。
 平均的な男子高校生よりも頭一つ分高い上背に、冬用の制服の上からでもわかる鍛えられた体躯、抜き身の刀と言うより、妖刀のような鋭い目つき。
 彼らにとって世間的な常識というのはあまり意味を成さない。
 自分たちをバカにした、と言うより「バカにされた」と判断すれば、相手の意図は関係ないらしい。
「オマエさ、なにケリくれてんの、ねぇ!?」
 店を出た元譲に、彼らはそう言って突っかかってきた。
 それが今から数分前―――

「こっ・・・なめんな、コラァっ!」
 最後の一人が、捨てられていた角材を振りかざしてきた。
 普通ならば後ろに下がってそらすのだろうが、逆に踏み込んで、角材と、それを持つ手を押さえ込んだ。
 打ち込まれる前ならば、勢いは弱い、止めることは可能。
「ぼ・・・!?」
 だが、それだけではなく、同時に膝を腹に叩きこんでいた。
 角材を落とし、最後の一人もその場にうずくまる。
 全員が戦闘続行不可能になったことを確認すると、置いておいたカバンと朝食の入ったコンビニ袋を手に取った。
『これがホントの朝飯前、か・・・』
 そんなどうでもいいことを考えてしまった。
「手前ぇっ、顔おぼえたからなコラァッ! 天目坂のヤツだろ、アアッ!?」
 立ち去ろうとする彼に、腹を打たれたにもかかわらず最後の遠吠えを吐かれた。
「・・・・・・・・」
 しばし思案する。
「明日、同じ時間でよければまた来るぞ?」
 普通に、いっしょに学校に行く待ち合わせをするような気安さで言う。
「・・・・・・な!?」
 バカにしているわけでも、からかっているわけでもなかった。
 学校まで来て待ち伏せしようとしているのなら、こちらから出向いたほうがお互い手間も省ける。ただそう思っただけだった。
「おまえ・・・まさか、『買取王』の・・・」
 男の顔がこわばった。
 しかし、言われた元譲の方は、うんざりした表情になる。
「で、同じ時間でいいか?」
 話をそらそうとした。
 だが、彼らは違う意味で受け取った。
『オレが誰だかわかった上で、まだやろうってのか!?』
 と言うように脳内変換されたみたいだ。
「悪かったよ・・・アンタだって知らなかったんだ・・・」
 ひきつりながらの愛想笑いを浮かべ、許しを請う顔になる。
 心の中でだけではなく、実際に長めのため息を吐いた。
 今どき、十年・二十年前のマンガじゃあるまいし、本職の方々張りの「仁義なき戦い」をする高校生なんて、バカみたいにもほどがある。
 彼らはおそらく古本屋でしかマンガを買わないんだろう、そんで、現実と区別がつかなくなっている、そう思うことにした。
「あ・・・」
 思い出した。
 今日発売のマンガ誌を買うのを忘れていた。
 今から戻ってコンビニに買いに行くか、それとも学校の帰りに買いに行くか、長らく休載していた作品がやっと再開する、続きが気になっていたのだ。
すでに元譲の頭の中にはそのことしかなかった。
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