第37話 第八章「一人ぼっちのお姫さま」(6)

文字数 2,971文字

 窓ガラスを突き破り、花壇を越え、校庭に叩きつけられても、まだ蹴りの威力は収まらなかった。
「がばばばばばっ!」
 地面に顔面をこすりつけて、ようやく止まる。
 大地を支配する力を持つ者が、なんとも無様な姿だった。
「・・・な、なんだ、アレは・・・」
 ありえなかった。
 確かにさっきまでただのガキだった。
 なのに、あの一瞬で、爆発的に存在感が膨れ上がった。
「げんじょ・・・?」
 ソアラは呆然とつぶやいた。
「ここで待ってろ」
 それだけ言うと、背中を向け、校舎を出る。
「あっ・・・・・・」
 なにも言えなかった。
 なにも、言う必要がないと感じていた。
 さっきまでの、自分を包み込んでいた絶望が消え去っていた。
 なぜこんな感情になったのか、ソアラには理解できなかった。
 しかし、それはそんなにも珍しいことではない。
 古来より、それこそ神話の時代より繰り返されてきた瞬間だった。
 勇者が、悪魔に狙われたお姫さまを救いに現れた。まるで光の剣を握るがごとく、硬く左拳を握り締めて。
 一応は「お姫さま」であるにもかかわらず、彼女は自分の立場が理解できていなかった。
 地面をゆっくりと一歩一歩進む元譲、眼光は鋭く、全ての悪鬼を踏みつけるまなざしで。
「なんなんだお前は・・・それは、一体・・・」
 元譲は答えない。
 彼は師匠の教えを守っていた。
 どんなときも、自分からケンカを売るようなことはしなかった。
 彼が望んだ力は、「強くなる」ことではなかったから。
「く、来るなぁっ!」
 ファランクスは叫んだ、絶叫と言ってよかった。
 彼自身が久しく忘れていた感情、あまたの者たちに与えてきながらも、自分は麻痺していた感情、「恐怖」を顔に刻みながら。
 叫びながら、地面に手を当てる。
 ファランクスの能力は「岩殻操作」、あらゆる岩・土・石を己の体として操ることができる。派生として、コンクリートやセメント、アスファルトを操ることもできるが、もっとも強力な力を引き出すことができるものは、純粋なる大地。
 都会にはもうほとんどむき出しの地面など見られなくなってしまっている。
 だが、ここには膨大な量の「土」がある。
 これは彼が引き出した、最後の幸運だった。
 土を基にして作られた錐の群れが、地面から数えるのもバカらしいほどの数で迫った。
「・・・!?」
 拳を一閃させる。とたんに錐は砂のように砕け散り、さらに空気を伝道させたように触れていない錐まで崩れ去った。
「う、うわぁあああっ!」
 ファランクスの声は悲鳴に変わりつつあった。
 かつては自分が、それ以外の存在全てに刻み込んでいた、「理解不能」な恐怖。
 それを、目の前の、平和ボケした国のクソガキに食らわされているのだ。
 土中の小さな砂利や小石、それらが浮かび上がり、全周囲から放たれた散弾のように元譲に降り注いだ。
 ふたたび元譲が拳を握った。そして、それを力の限り地面に叩きつける。
「どらぁああっ!!」
 湧き上がる間欠泉のように、全周囲からの攻撃を、全方位で破砕の力をもった波がなぎ払った。
 ふたたび正面からファランクスをにらみすえる。
 視線に捕らえられたように、動けなくなる。
「あ、あああ・・・・」
 NoSの、もっとも効率よく人間を壊せる力を持つ自分、その自分の力が、真正面から一切通用しなかった。
 恐怖を振り切るように、目の前のありえない現実を、元譲と言う異常な存在を拒否するように叫んだ。
「おおおおおおおっ!」
 血管を浮き上がらせ、絞り出すように声をあげる。
 彼の全能力を限界まで振り絞る。
 亀裂を走らせ、めくりあがり、ファランクスを中心に隆起する大地。
 右手は地面と融合し、巻き上がる土が、岩が、形を成していく。
「押しツブされろ、『ギガントフィスト』!」
 それは巨大な腕だった。
 太古の昔、原初の巨人ティターンを想起させる、土と岩でできた、巨人の腕だった。
 それが、うなりをあげて元譲に振り下ろされる。
 単純な攻撃方法ほど、もっとも高い威力を発揮する。
 圧倒的な質量を、強大な重量を、絶望的な勢いで叩きつける。
 迎撃も防御も不可能、回避すら許さない破壊。
 だが、元譲は動かなかった。逃げなかった。
 腰を深く沈め、左拳を引き絞る。
「なにを・・・!」
 馬鹿げている、質量差は一対千でも利かないだろう。
 だが、そこに奇妙なことが起きていた。
 ゆらり
 元譲の拳が歪む。
 違う、拳の周囲の空間が、歪まされていた。
 まるで、狂気に歪んだ世界を、傲慢なまでに作り変えようとするように。
「そ、それは・・・!?」
「おおおおおおおっ!!」
裂帛の気合。真正面から左拳を射ち放ち、巨人の拳を止めた。
 一瞬の静寂。
 ピキッ
 最初はわずかな亀裂だった。
 ピシ、ピキッ、パキンッ
 少しずつ、少しずつ、互いが共鳴しあうように、音が連鎖的に広がっていく。
 バキバキバキバキバキバキッ!!
 そして、まるで見えない牙に内部から食い破られるように、巨人の腕が砕け散った。
「・・・・バカな」
 混乱に支配される意識の中、それでもわずかに残った冷静な部分が、一つのことを思い出させた。
 三十に満たぬ数しか存在しない、超異常能力を持つ者達「NoS」。
 その中で、「無敵」とまで言われた男がいた。
 「分子破砕能力」、超高振動により分子結合を破壊、いかなる物質をも破砕する。
 最強の矛であり、究極の盾を持つ者の事を。
 岩殻の腕だけでなく、その核となっていた腕まで弾け飛ぶ、筋繊維と血と骨を撒き散らしながら倒れるファランクス。
 なぜ、こんな辺境の島国のガキがNoSの技を使えるのか。
 激しい疑問は、痛みさえ上回り彼の脳髄を支配した。
「お前は・・・なんなんだ・・・!?」
 わからない、目の前のこのガキがいったい何者なのか、なぜ自分に立ちふさがるのか、そもそもこのガキは、ソアラが何者かわかっているのか!?
「わかっているのか! あの女は―――」
 だまされているんだぞ。
 ただあの少女の隠れ蓑の存在、ただの小道具のクセに!
「・・・・・・・!?」
 ファランクスの断末魔のような声、それはソアラに突き刺さった。
「知っている!」
 元譲は駆けた、跳び上がり、大きく拳を振りかざす。
 ゴンッ
 重い拳を、めり込むほどに殴りつけた。
「コイツが、どうしようもなく自分勝手で、自己中心的で、こっちの話をひとっ言も聞きやがらねぇ、根性ワルの性格ワルでっ!」
 怒鳴りつけながら、胸倉を掴みさらに拳を繰り返す。
「そんで、口数多いくせに、肝心なことはしゃべらねぇ、助けて欲しいくせに、『助けて』って言えねぇ! とんでもない、ガンコ者!」
 さらに拳を叩き込む、最初の一撃ですでにファランクスの口は開かなくなっていた。
 血しぶきと、折れた歯が宙に舞う。
「オレがコイツのことで知らないことなんざ―――――」
 手を離す、そのまま力なく糸の切れた操り人形のようにファランクスは崩れ落ちる。
 すでに意識はなくなっていたが、止めとばかりに顔面に肘を叩き込んだ。
「男か女か、どっちなんだってことぐらいだ!」
 

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