第42話 終章(2)
文字数 2,641文字
「おっはよー!」
った、と思ったら、勢いよく扉を開け、ハイテンションでソアラが現れた。
「お――――」
一瞬、ホッとした自分に気づき、あわてて顔をそらす。
「おはようソアラちゃん、今日も元気だね」
「やは、光也君!」
いつもと変わらない笑顔、多分、ほとんどの人はそう思っただろう。
だが、元譲は、彼女がなにか、少しだけ重いなにかを取り去ったように見えた。
と言うか、その・・・少し、いつもよりキレイだった。
「おはよ、げんじょ、体だいじょぶ?」
「・・・まだ、辛い」
通学に三倍近い時間がかかってしまった。
ちょこんと隣の席に座る。
「あのさ、ボク決めたよ」
「あん?」
ソアラはまっすぐ前を向いたまま、決意を込めた口調だった。
「これからボク、本気出すことに決めた、ホンキでげんじょをユーワクする!」
「なにいっ!?」
「今までのボクは手ぬるかった。これからは、もうそりゃ夜討ち朝駆け当たり前、奇襲に夜襲に挟み撃ち、全力全身でかかるよ! 男だろーが女だろーがカンケーないと思っちゃうくらいに、げんじょをおおかみさんにしてみせる!」
挟み撃ちとは一体何をするつもりなのか、想像もつかないが、つまり想像もつかないような手段を講じるという意味なのだろう。
「なに言ってやがる手前ぇっ!? だ、だいたい、お前んとこの国じゃ、その・・・力ずくでハダカ・・・見られたら、殺されるんだろーが!」
ソアラが言ったのだ、「王族の肌を暴きしものは、一生を以って償いとせよ」と。
「あははは〜 げんじょ、ちゃんと聞いてなかったのかい? 「一生を以って償う」・・・お嫁さんになるか、お婿さんになればいいんだよ? わかりやすく言うと、「セキニンとってね?」って言う掟なのさ」
「なぁにぃ〜!!?」
一瞬、純白のウェディングドレスを着たソアラを想像してしまった。
「・・・・・・だ、誰がお前の婿になんかなるかぁっ!」
恥ずかしさを隠すように大声を張り上げたが、ソアラは意に介さず涼しい顔、と言うより、自分の世界に入っている。
「じゃお嫁さんになる? ・・・意外に似合うかもねぇ」
一瞬、白無垢に文金高島田の自分を想像してしまった。
我ながら、気持ち悪い。
「あはははははっ」
「ヒトからかってんじゃねーぞ!」
怒鳴りつける。
が、ソアラはその瞬間、目をスッと、身震いするほど妖艶に細めた。
「ホンキだよ、ボク・・・」
人差し指を、ちょんと元譲の唇に押し当てた。
「・・・んんっ!?」
それだけで、牙を抜かれたように動けなくなってしまう。
「だいたい、悪いのはげんじょなんだから・・・」
もう、あきらめていた。
自分はずうっと、仮面を被って、鎖につながれて、死ぬまで、動かなくなるまで道化として踊り続ける存在なんだと思っていた。
なのに、あなたはわたしの前に現れた。
わたしの叫びを、この世界で唯一聞いてくれた。
わたしに手を伸ばしてくれて、握ってくれた。
あったかい手で、握ってくれた。
「あんなことされたら・・・男でも女でも、惚れちゃうって」
ニッコリと微笑んだ。身もだえするほどかわいい笑顔だった。
「元譲? なにやったんだい?」
光也がおそるおそる、まさに腫れ物に触るようにたずねる。
周りの生徒たちも、興味深そうに顔を向け、そうでないものも聞き耳を立てているのはあきらかだった。よく見ればいつのまにか教師までいる。
「いや・・・あの・・・話せば長くなるというか・・・」
正直、自分でも一体何がどういうことなのかわかってないのだ、説明しようがない。
「夜の学校でぇ、げんじょがボクに・・・やんっ、これ以上は言えなぁ〜い! ・・・ただぁ、ヒントとしてはぁ、げんじょってスゴイもの持っていたんだなってコト?」
『えええええっ〜〜〜!!!』
教室にどよめきが響いた。
「・・・元譲、その・・・こういうのは、お互いがいいと思ったことが正解なんだと思う。だから・・・その・・・お幸せに」
「光也!? なに温かな目で見守ろうとしている、やめろ!」
さすがは温和の化身と呼ばれるだけはある。だがしかし、その優しさは、隠していたエロ本を見つけながらも、気づかないフリをしつつ本棚にキレイに並べるおかーさんと同レベルということに気づいていなかった。
確かに、夜の学校のことだったし、今まで誰にも見せたことのない「力」を使ったが、よくもここまでまぎらわしい言い方をするものだ。
「ソアラぁっ! おまえなぁっ!」
とっ捕まえてやろうと手を伸ばすが、猫のように飛び跳ねてかわされた。
それどころか、筋肉痛で全身がきしんだ。
「うがぁああっ!」
「おやおや、ダメだよげんじょ〜、はりきっちゃったから筋肉痛なんでしょ? とくに、腰とか」
さらに誤解を深めるような事を言う。
逃げるソアラを、下手くそなロボットダンスのような動きで追いかける。
「ほらほら、ボクを捕まえてごらぁ〜ん」
「この・・・くはっ・・・こ、腰がぁ・・・」
いつの日か、あなたに全てを打ち明ける日が来ると思う。
わたしが何者で、どういった存在なのか。
あなたに、全てを明かす日が来ると思う。
そして、もしそれを知ってしまえば、あなたは・・・げんじょは、世間一般で言えば、不幸としか言いようのない状態になるかもしれない。
多分、それはとんでもない地獄だと思う。
でも、ごめんね。わたしと一緒に地獄に堕ちてもらうから。
だって、あなたと一緒にいたいから。
でも、思うの。きっと・・・
きっと、あなたとなら、わたしは地獄の底でも心から笑いあえる気がする。
「大好きだよ、げんじょ!」
こっぱずかしいセリフを、逃げ回りながら大声で言う。
言われたほうが恥ずかしさで耳まで赤くなった。心臓がバカみたいに高鳴った。
思わず、抱きしめてしまいたくなった。
「ぐっ・・・ち、ちがう、オレは、なんも思ってねぇ・・・」
「あははははっ! げんじょ、もしかしてもう陥落寸前?」
「やかましいっ!」
ソアラは笑った。
おかしそうに、楽しそうに、幸せそうに。
これ以上ないくらいにまぶしい笑顔だった。
もしかして、真っ暗闇の地獄だって照らせるんじゃないかと思えるくらいの笑顔だった。
了
った、と思ったら、勢いよく扉を開け、ハイテンションでソアラが現れた。
「お――――」
一瞬、ホッとした自分に気づき、あわてて顔をそらす。
「おはようソアラちゃん、今日も元気だね」
「やは、光也君!」
いつもと変わらない笑顔、多分、ほとんどの人はそう思っただろう。
だが、元譲は、彼女がなにか、少しだけ重いなにかを取り去ったように見えた。
と言うか、その・・・少し、いつもよりキレイだった。
「おはよ、げんじょ、体だいじょぶ?」
「・・・まだ、辛い」
通学に三倍近い時間がかかってしまった。
ちょこんと隣の席に座る。
「あのさ、ボク決めたよ」
「あん?」
ソアラはまっすぐ前を向いたまま、決意を込めた口調だった。
「これからボク、本気出すことに決めた、ホンキでげんじょをユーワクする!」
「なにいっ!?」
「今までのボクは手ぬるかった。これからは、もうそりゃ夜討ち朝駆け当たり前、奇襲に夜襲に挟み撃ち、全力全身でかかるよ! 男だろーが女だろーがカンケーないと思っちゃうくらいに、げんじょをおおかみさんにしてみせる!」
挟み撃ちとは一体何をするつもりなのか、想像もつかないが、つまり想像もつかないような手段を講じるという意味なのだろう。
「なに言ってやがる手前ぇっ!? だ、だいたい、お前んとこの国じゃ、その・・・力ずくでハダカ・・・見られたら、殺されるんだろーが!」
ソアラが言ったのだ、「王族の肌を暴きしものは、一生を以って償いとせよ」と。
「あははは〜 げんじょ、ちゃんと聞いてなかったのかい? 「一生を以って償う」・・・お嫁さんになるか、お婿さんになればいいんだよ? わかりやすく言うと、「セキニンとってね?」って言う掟なのさ」
「なぁにぃ〜!!?」
一瞬、純白のウェディングドレスを着たソアラを想像してしまった。
「・・・・・・だ、誰がお前の婿になんかなるかぁっ!」
恥ずかしさを隠すように大声を張り上げたが、ソアラは意に介さず涼しい顔、と言うより、自分の世界に入っている。
「じゃお嫁さんになる? ・・・意外に似合うかもねぇ」
一瞬、白無垢に文金高島田の自分を想像してしまった。
我ながら、気持ち悪い。
「あはははははっ」
「ヒトからかってんじゃねーぞ!」
怒鳴りつける。
が、ソアラはその瞬間、目をスッと、身震いするほど妖艶に細めた。
「ホンキだよ、ボク・・・」
人差し指を、ちょんと元譲の唇に押し当てた。
「・・・んんっ!?」
それだけで、牙を抜かれたように動けなくなってしまう。
「だいたい、悪いのはげんじょなんだから・・・」
もう、あきらめていた。
自分はずうっと、仮面を被って、鎖につながれて、死ぬまで、動かなくなるまで道化として踊り続ける存在なんだと思っていた。
なのに、あなたはわたしの前に現れた。
わたしの叫びを、この世界で唯一聞いてくれた。
わたしに手を伸ばしてくれて、握ってくれた。
あったかい手で、握ってくれた。
「あんなことされたら・・・男でも女でも、惚れちゃうって」
ニッコリと微笑んだ。身もだえするほどかわいい笑顔だった。
「元譲? なにやったんだい?」
光也がおそるおそる、まさに腫れ物に触るようにたずねる。
周りの生徒たちも、興味深そうに顔を向け、そうでないものも聞き耳を立てているのはあきらかだった。よく見ればいつのまにか教師までいる。
「いや・・・あの・・・話せば長くなるというか・・・」
正直、自分でも一体何がどういうことなのかわかってないのだ、説明しようがない。
「夜の学校でぇ、げんじょがボクに・・・やんっ、これ以上は言えなぁ〜い! ・・・ただぁ、ヒントとしてはぁ、げんじょってスゴイもの持っていたんだなってコト?」
『えええええっ〜〜〜!!!』
教室にどよめきが響いた。
「・・・元譲、その・・・こういうのは、お互いがいいと思ったことが正解なんだと思う。だから・・・その・・・お幸せに」
「光也!? なに温かな目で見守ろうとしている、やめろ!」
さすがは温和の化身と呼ばれるだけはある。だがしかし、その優しさは、隠していたエロ本を見つけながらも、気づかないフリをしつつ本棚にキレイに並べるおかーさんと同レベルということに気づいていなかった。
確かに、夜の学校のことだったし、今まで誰にも見せたことのない「力」を使ったが、よくもここまでまぎらわしい言い方をするものだ。
「ソアラぁっ! おまえなぁっ!」
とっ捕まえてやろうと手を伸ばすが、猫のように飛び跳ねてかわされた。
それどころか、筋肉痛で全身がきしんだ。
「うがぁああっ!」
「おやおや、ダメだよげんじょ〜、はりきっちゃったから筋肉痛なんでしょ? とくに、腰とか」
さらに誤解を深めるような事を言う。
逃げるソアラを、下手くそなロボットダンスのような動きで追いかける。
「ほらほら、ボクを捕まえてごらぁ〜ん」
「この・・・くはっ・・・こ、腰がぁ・・・」
いつの日か、あなたに全てを打ち明ける日が来ると思う。
わたしが何者で、どういった存在なのか。
あなたに、全てを明かす日が来ると思う。
そして、もしそれを知ってしまえば、あなたは・・・げんじょは、世間一般で言えば、不幸としか言いようのない状態になるかもしれない。
多分、それはとんでもない地獄だと思う。
でも、ごめんね。わたしと一緒に地獄に堕ちてもらうから。
だって、あなたと一緒にいたいから。
でも、思うの。きっと・・・
きっと、あなたとなら、わたしは地獄の底でも心から笑いあえる気がする。
「大好きだよ、げんじょ!」
こっぱずかしいセリフを、逃げ回りながら大声で言う。
言われたほうが恥ずかしさで耳まで赤くなった。心臓がバカみたいに高鳴った。
思わず、抱きしめてしまいたくなった。
「ぐっ・・・ち、ちがう、オレは、なんも思ってねぇ・・・」
「あははははっ! げんじょ、もしかしてもう陥落寸前?」
「やかましいっ!」
ソアラは笑った。
おかしそうに、楽しそうに、幸せそうに。
これ以上ないくらいにまぶしい笑顔だった。
もしかして、真っ暗闇の地獄だって照らせるんじゃないかと思えるくらいの笑顔だった。
了