第10話 第三章「お姫さまの告白」(2)

文字数 2,482文字

「積年の恨み、今こそはらーす!」
「正当防衛だし、半分以上自爆だったじゃん」
 廊下に出てにらみ合う二人。
 その後ろには――――
「うわーアレがお姫さま? カワイイ〜」
「さすが『買取王』だな、国際紛争おかまいなしかよ」
「え、アレ男なの?」
「・・・それも、いい」
「いくらなんでも無茶だろありゃー」
 ざわざわざわざわざわざわざわざわざわ。
「ああもう、うっとおしいな野次馬どもがぁっ、ギャラリってんじゃねーぞコラっ!」
 転校前からウワサの留学生のお姫様と、音に聞こえし喧嘩屋との対決、このアンバランス極まりない組み合わせにお客が集まらないわけはなかった。
「いいじゃん、ちょうどいい立会人だよ」
「立会人?」
 ここで元譲は気づくべきだったのかもしれない。
 なぜ彼女(?)が、こんな人目に付くところで決闘をしようとしたことを。
「元譲が勝ったら、ボクがどっちなのかハッキリさせてあげるよ」
「どうやってだ? ここで素っ裸にでもなるか?」
「ああ、それいいね。いくらボクでもない穴は空けれないしねぇ」
「―――――!?」
 一糸まとわぬ姿になりほほを染めるソアラの姿を思わず想像してしまった。
「だああああっ!」
 思わず向こう側に行きそうになった自分を引き戻すように、頭を振る。
「卑怯だぞ手前ェ、心理作戦かコラ!」
「・・・いや、そんなつもりはないんだけど・・・ホントにムッツリだね」
「う、うるせい!」
 からかい、ではなくあきれられてしまった。
「そんなことより、負けたからって国際問題だとか言ってゴネんじゃねーだろうな?」
「しないよ、そんなこと・・・そこまでボクに興味はないだろうしね」
「あ?」
 一瞬、ともすれば見逃してしまいそうになるほどのわずかな間だけ、ソアラのアルカイックな笑みが消えた。
「なんでもない、そーゆー心配は、勝ってからするモンだよ? げんじょ」
 再び笑顔を作る。
 ただし、相手を挑発する、嘲りの笑顔。
「ボクが勝ったらなにしてもらおっかな?」
「好きにしろ、それこそ、勝ってからするモンだろ」
「ちがいないね?」
 そこで、二人の表情が変わった。
 両者の間の空気が、ギャラリーたちにまで伝わるほどに、重く、冷たいものに変わる。
「―――――!」
 最初に仕掛けたのは元譲だった。
 左足で駆け出すと同時に、逆側の脚で浴びせるような回し蹴り。
 普通なら受けるか、しゃがむか、下がるかだろう。
「なにぃっ!?」
 上空に飛ぶ、しかもノーリアクションの跳躍でありながら、元譲の身の丈よりも高く跳び上がった。
「んふ?」
 元譲の頭を飛び越え、すばやく背中に回りこむと、無防備にあいた背中に拳を叩き込む。
 ボクサーばりの鋭さと速さをもった連撃だった。
「効くかよ!」
 元譲は回りこまれると同時に筋肉を固めていた。 
 鍛えられた背筋の鎧は、軽量のソアラの拳を阻んだ。
 ふりかえりざまに裏拳を放つ。
「おおっとっ!」
 今度は後方に避け、距離を取ろうとするソアラ、しかし元譲はかわされた拳の勢いまで利用し、体を半回転させて、距離を詰め、ふたたび、回し蹴りを打つ。
 すばやく両足を開き腰を深く沈めるソアラ、右腕を盾に左腕で支えにし、体全体で蹴りを受け止めた。
『受けた? オレの蹴りを? この体格で?』
 戦闘において、熟練者ほど「次の攻撃」を先読みする。
 それに合わせ、攻撃を放つと同時に次の攻撃の準備をすでに頭の中で行う。
 元譲はここでソアラは弾き飛ばされ、そこに間髪いれずの連続攻撃でたたみかけようとしていた。
「すごいねげんじょ? なにか習った?」
 そのリズムを崩された、それが隙を作った。
 蹴りを受けていた二本の腕を半回転させ、元譲を巻き込む。
 体重差はあったが、片足、まさに「上げ足を取られた」状態のため、構えが崩れる。
 そこを見逃すソアラではなかった。
 すばやく踏み込む、同時に人体でもっとも尖った場所、肘を打ち込もうとする。
 足りない力はもう一本の手を加え、体重全部を乗せるつもりで、さながらパイルバンカーのように。
「ぐむっ!?」
 鳩尾、人間がどんなに筋肉を鍛えても庇いきれない人体急所。
 しかし、寸前で体をずらし、かわせないまでも、胸筋で受けた。
「へぇ・・・ホントになにを習ったの?」
 これで勝てると思っただけに、元譲のとっさの動きにソアラの額に冷や汗が浮かんだ。
 あらゆる武術は、あたりまえだが急所攻撃を想定して構えや受けを作ってはいる。
 しかし、実際はルールというものが存在する以上、「頭で分かっている」程度の備えでしかない。
 元譲のとっさの動きは思考によるものではない。容赦なく急所を狙ってくるような相手と戦うことを想定した、習性のレベルにまで滲みこませた体の動きだった。
 だが、彼女(?)の質問に答えず、元譲の大振りの拳がうなる。
 必倒の一撃が外れた瞬間、もっとも無防備になる時でもある。
 が、その拳は寸前で止まった。
「て、手前ェ・・・!?」
「んふふふ」
 喉笛に手刀が突きつけられていた。
 肘がかわされた場合を想定しての、喉口へと迫る二段構え。
 ソアラの使う技は武術と言うよりも、軍隊格闘術と言ったほうが近かった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
 にらみ合う両者。
 元譲の拳ならば、そしてこの位置、この姿勢ならば、確実にソアラを倒せる、必中の一撃となろう。
 だが、それよりも内側に入り込んだソアラの手刀もまた、確実に元譲を仕留めることができる、必殺の力を持っている。
 すでにギャラリーたちはただの高校生同士のケンカの領域を超えた戦いに、歓声を上げることもできなくなっていた。
 二人の顔は、拳一つ分も入らないほど近づいていた。
『どうする・・・!? 一か八か打つか・・・だが、コイツの速さじゃ、仕留める前にやられる・・・だが・・・』
 まさに千日手、先に動いたほうが負ける。
 と、わずかにソアラの体が動いた。
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