第7話第二章「お姫様は美少年」(4)

文字数 2,729文字

 四時間目、の前の休み時間。
 やっと解放された元譲。
「大丈夫だった?」
「おまえ、いつのまにかいなくなってたな・・・」
 別に自分が主犯、というか単独犯なのだから、光也を巻き込むつもりはないが、友人の意外なまでの逃げ足の見事さに驚いた。
「今度はどうするの?」
「ふっふっふっ・・・見ろ!」
 指差したその先にはソアラの机、その上には半裸のおねいさんが表紙の雑誌、いわゆるエロ本が置かれていた。
「・・・え?」
「古今東西、思春期の男子がエロ本を置かれて手にとらないわけがない! アレを開いて鼻の下を伸ばした瞬間がヤツの最後だ!」
「え〜と・・・・・・」
 今度は中学生レベルの、しかも中二レベルの作戦だった。
「お、来たぞ!」
 再び物陰に姿を隠す。
 机の上にあるエロ本に気づくソアラ。しばし目視した後、手に取りペラペラとめくる。
『おっしゃあああっ!』
『べつに女の子でも中は見ると思うけどなぁ・・・』
 陰から飛び出し、現行犯を取り押さえるように現れる。
「見たぞ天野、手前ェが、エロ本見てハァハァして・・・」
「あ、これげんじょのオカズ?」
 さらりと返される。
「いや・・・オカズって・・・そうじゃなくて、たまたま友達から借りたってゆーか」
 自前の私物である。
「あのさぁ、この端がパリパリしてるページの巨乳の女の人だけどさぁ」
「ぱ、パリパリって・・・」
「これニセモノだよ?」
「なにぃっ!?」
 お気に入りのセクシー女優だっただけに、驚きもひとしおだった。
「おっぱいってね、おっきいと横になったときに広がるんだ。多分シリコンだね、それに・・・二十歳って書いているけど、多分五歳くらいサバよんでるね、肌ツヤはごまかしきれないよ」
「そんな・・・」
 二重のショックでなにも言えなくなる元譲。
「最近はネットとかでいくらでも見られる時代なんだから、もっと目を肥やしなよ? ホラ、ちゃんとしまっておかないと」
 朗らかな笑顔で返された。
「いや、違うんだって、コレはオレんじゃなくて、そーじゃなくて・・・」
「はいはい」
 わかってるから、という理解ある笑顔、優しさは時に心をえぐる刃になる。
「あ、そーだ。げんじょ、コレあげるよ」
 カバンをゴソゴソと探ると、なにかを手渡す。
「興味あるみたいだし、よかったら今夜の一品に加えてネ?」
 なにか丸まった布のようなもの。
 ぺらんと広げてみた。
「な、なんじゃこりゃあああっ!!」
 二時間目にソアラが穿いていたブルマだった。
「脱ぎたて、においつきだよ? 大事にしてね」
「い、いいかげんにしろぉおおっ!」
 ブルマを握り締めて大絶叫をする。とても情けのない姿だった。
 キーンコーン
 叫びに呼応するようにチャイムが鳴った。
「・・・・・・夏河?」
 重く、静かな声が背後からする。
「・・・・・・・・え?」
 後ろを振り返ると、そこには体育教師水口宏一(42)が立っていた。
「なぜここに・・・四時間目は古文のはずじゃ・・・」
「古文の大河原先生が病欠でな、進みが遅かった保険体育の授業に変更になったんだ・・・」
 ピクピクと眉間が震えている。
「とりあえず、生活指導室こいや」
 右手にエロ本、左手にブルマ、エロの国の革命の闘士のような装備をしていては言い逃れもできず、引きずられるように連れて行かれた。
 夏河元譲、四時間目も欠席。


 再び解放されたのは昼休みも半分ほど過ぎた頃だった。
 エロ本もブルマも没収され、「さっさと帰れ」と言われ指導室を出ると同時に教師は扉の鍵を中から閉めた。それはべつにどーでもいい話だった。
 疲れきった足取りで飢えた胃袋を満たそうと学食に行く。
 すでに主要メニューは完売、残っているのはかけそばだけだった。
 しょうがないから売店に行く。
 そこもほとんど売り切れていて、残っていたのは味のないボソボソのコッペパンだけだった。
「・・・・・・」
 なんか泣きたくなった。
 それでもないよりマシとコッペパンを二つ買い、よたよたと教室に向かう。
「あ、元譲」
 光也が出迎える。
「やっと釈放されたのか・・・なんか、疲れているね?」
「ああ・・・」
 一時間以上の間、日本で起こった数々の変態的性犯罪者の起こした事件、そしてその後に巻き起こった規制の嵐により、どれだけの善良なマイノリティーな嗜好の者たちが苦しんだかと言う説教を延々と受けたのだ。
 え? これ主旨違わくね? と言うツッコミも出てこないほど疲れきった。
「あのヤロウ・・・許せねぇ・・・」
「あー・・・」
 それって逆切れと言うか、逆恨みなんじゃないかな、と思ったが、口に出さないのが有坂光也と言う男の優しさだった。
「そういえばさ、転校のときの書類とかには、性別書いてなかったの?」
「二時間連続で職員室行ったからな、エラ岡に聞いてみた」
 答えは、「わからない」そうだ。
 あらゆる公的な、身分を証明する書類の性別欄には、全て「?」が書かれていた。
 紙面でもバカにされているようだった。
 なんでも、文部科学省を経由して、外務省から圧力があったらしい。
 校長とエラ岡のあのあいまいな表情は、それを物語っていたのだろう。
「あのさ、僕も気になって、少し観察してみたんだ」
「あん?」
「女と男の違いって、なんだと思う?」
「そりゃ、お前・・・あったりとか、なかったりとか・・・」
 なぜか顔が赤くなっている。元譲の外見は恐いが、中身は純情だった。
「んー・・・それもあるんだけどさ、骨格なんだ」
 男女の最大の違いは子宮のあるなしである。
 そのため、腰の形で、骨だけになっても性別の確認は可能だ。
 腰骨とへその位置を確認すれば、よほど精巧な手術を受けても、元の性を判断することができる。
「でも、あのコ・・・一見するとピッタリの服を着ているようなんだけど、腰の辺りだけ妙にダブダブっていうか、わかりづらく作られているんだ」
「お前、すげー洞察力だな」
 素材を見た限り、一般の生徒が着ているものとは違った。
 おそらくオーダーメイドなのだろう。
「・・・手の込んだ紛らわしいマネしやがって」
「うん、そうだね・・・」
 話はそんな単純なものではない。
 つまり、ソアラはただ女装しているのではない。性別自体を隠している。
 隠すということは、隠しているものが重要なのではない。
 なにか、隠さなければいけない理由があるということだ。
『そこまでしなきゃいけない理由って、なんなんだろう』
 しかし、所詮は一介の高校生でしかない光也に、それ以上は思いつかなかった。
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