第39話  第九章「王子さまとお姫さま」(2)

文字数 1,140文字

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 二人は無言で見詰め合う。
 へたりこんでいたソアラを見下すような形で、見詰め合った。
「んっ!」
 ムスッとした顔で、元譲が手を伸ばす。
 元譲は、ソアラが何に苦しみ、何を背負っているかは知らない。
 それはソアラが語らなかったから。
 でも、彼はそれでも溢れように伝わった声に応えた。
 見覚えのある表情だった。
 図工の時間、工作に使うのりを忘れてしまった時、同じような顔で突き出してきた。
 「ありがとう」って言っても、「どういたしまして」も言いやしなかった顔だ。
 よく知っているマヌケ顔だ。
 六年間、一度も忘れなかった、マヌケ面だ。
「あ・・・あははは・・・」
 笑うような顔で泣いていた。
 うれしかった。
 誰の目にも映らないと思っていた自分を、見てくれた人がいた。
 誰にも聞こえなかった叫びを、聞いてくれた人がいた。
 誰も差し伸べてくれなかった手を、伸ばしてくれた人がいた。
 それが、ただうれしかった。
 手を伸ばした、元譲の手が、硬く強く、ぎゅっと握り返した。
 鎖が砕け散る音が聞こえた。
 いつから縛り付けていたのか、もしかして生まれたときからかもしれない、重い冷たい鎖が。
 仮面が砕ける音が聞こえた。
 もう肉と一体化して、はがせなくなったと思い込んだ仮面が。
「げんじょ・・・」
 手を引っ張り、立ち上がる、としようとする前に、元譲が倒れこんできた。
「ふぇえええっ!?」
 まるで押し倒すように覆いかぶさる。
「ちょっ! ちょっと、げんじょ!?」
 顔がすぐ横にあった。
「げんじょってば、待ってよ、い、いきなりって!? こんなとこでって!? わたし、ちがっ、ボクにも準備が、心が!? げんじょ〜〜〜!!?」
 いきなりのことに混乱してしまう。一人称すら定まらなくなるほどに。
 確かに唇を許しはしたし、挑発するようなこともした。
 だが元譲はどちらかといえば受けだったし、こんないきなり大胆なことをされるとは思ってもいなかった。
「・・・・・・・・攣った」
「へ?」
「全力出したから・・・体が、全身が攣った」
 元譲がじーさんと別れたのは一年前、「そろそろ高校受験だろ、勉強しろ」と言っていなくなった。
 それから言いつけを守り、「もう一つの力」は封印し続けていた。
 久しぶりの全力全開に、体がびっくりして引き攣っていた。
「おおおおおおっ! こ、呼吸すら難しいっ!?」
「・・・・・・えーと」
 急に力が抜けた。
 呆れたような、疲れた顔になる。
「・・・ホントっと、マヌケ」
 小さな声でボソッとつぶやきながらも、両手を背中に回していた。
 それは、ソアラにも無自覚の行動だった。
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