止まっていた時計(7)
文字数 2,769文字
「レビアタンですか……?
そうですね、リバイアサンと言った方が通りが良いですかね……。伝説上の海の化け物ですよ。
色々な神話に登場している様ですが、正体は結局良く分からないと云うのが本当の所でしょう。姿はウツボや海蛇の様な長い体を持っていると云う話で、巻き付く様な攻撃を得意とする様です。
何でこの状況から、耀子ちゃんがレビアタンを思い浮かべたのかは、私には分かりません。彼女たちは、時空を超えて長く生きているらしいので、どこかで、その化け物に遭っていたのかも知れません」
「はぁ」
「私は先程、準備が出来ると言いましたが、もし、相手が本当にレビアタンだとしても、その正体が掴めていない状態なので、事前に準備は出来ませんね……。まあ、耀子ちゃんたちの帰還待ちでしょう……」
「はぁ……」
「ですので、それまで私は耀子ちゃんの死体の脇で寝かせて貰いますよ……」
正信はそう言うと、耀子が横たわっている長いソファの空いた場所に戻って腰かけ、再び目を閉じて瞑想を始める。
だが、これが瞑想なのか、本当に居眠りなのかは、蒲田隊長たちにも良くは分かりはしなかった。
「このおっさんも只者じゃないね。さすが純一が連れて来るだけのことはある」
鵜の木隊員の言葉に、美菜隊員も同意の意を漏らす。
「間違いないわね。純一も化け物だけど、この人たちも普通の人間とは思えないわ」
「人間じゃないですよ……」
正信は片目だけ明け、そう言ってから、また目を閉じた。
AIDS原当麻基地、航空迎撃部隊の全メンバーは、作戦予定を変更し、一旦、蒲田隊長機のガルラに集結し、状況の再確認と作戦の立て直しをすることとなった。
尚、ターゲットが変更されると言う、もう隊長クラスで対応するレベルの作戦変更ではなくなっているので、最終的には、新田作戦参謀が状況を確認し、改めて作戦決定をすることになっている。
純一少年と耀子が航空迎撃部隊メンバーと合流したのは、蒲田隊長機ナイロビ基地到着の約30分後のことである。
そして、純一少年と耀子合流の1時間後、この作戦会議は開催された。会議には、純一少年を含めたAIDSクルーの他に、今回は特別に、死体から蘇った藤沢耀子、妖狐の紺野正信、そして憑依の解けた白瀬
「では、藤沢さん……。あくまで可能性ではあるが、レビアタンという怪獣がベヘモットと云う怪獣を海中の泥の中に沈め、封印したと云うのですね」
新田作戦参謀が耀子に確認する。
尚、作戦参謀は、テレビ電話によって今回の会議に参加していた。
「出来るだけ確実なことと、想像とを分けてお話しますわ」
「頼みます……」
「私と兄は、脅威の存在と大体の脅威の内容を感知することが出来ます。これを信じて頂く前提で……。
ベヘモットと私たちが呼んでいる巨大生物は今、その危険性を失っています。ですから、水中に没したベヘモットは封印されたか、倒されたものと想定されます。
そして、このベヘモットが没した塩水湖ですが、この中に別の脅威が存在しています。私の感覚では、これも巨大生物の様に感じられます。これは私だけでなく、兄も同意見だと思います……」
純一少年は頷いて、妹の意見に賛成する。
「この脅威の巨大生物についてですが、正体はまだ分かっていません。レビアタンと言ったのは、私がそうではないかと考えたに過ぎません。
では、私がなぜレビアタンではないかと考えたかと言うと、以前、私の知人が、レビアタンと闘ったと云う話をしていまして、その時、彼女が『あいつは地面の中に、海を造り出す能力があった……』と言っていたのを思い出したからです。
実際のところ、私たちはまだ巨大生物の姿を確認できておりませんし、仮にそれを確認できたとしても、私たちはレビアタンがどの様な姿をしているか知りません。ですので、そこにいるであろう巨大生物が、レビアタンであると云う保証は、残念ながら私たちには出来ないのです。
ですが、旧約聖書のヨブ記などにも、ベヘモットとレビアタンの記述がある様に、2匹の巨大生物はセットで扱われることが多いものなのです。ですから、水中に没した巨大生物がベヘモットであるとしたならば、新たな脅威もレビアタンであると云う可能性を否定できないと考えています」
「成程、そこが可能性と云う訳だね。最初の巨大生物がベヘモットであったと云うことも、まだ、想像の域を出ていないと云うことか……」
「はい」
「しかし……、君たちが確信を持っている水中生物の存在だが、恐らく、まず……、ここからお偉いさんたちを納得させるのが難しそうだな……」
「私たちが、出鱈目を言っていると、お思いなのですか?」
「俺はそうは思わないよ。これでも一応、純一の
少し興奮し、浮かせた腰を、耀子は席に落ち着かせる。
「だが、存在確認が不要だと言っても、その巨大鰻を見る必要はあると思うよ、大きさを把握することは、駆除作戦を立案するには必要不可欠な要素だ。で、君たちの方で良いアイデアはあるのかい?」
それには耀子が笑って答える。
「作戦なんてありませんわ。昔、レビアタンと闘ったという女性は、一人でレビアタンを倒したと言っていました。だとしたら、私と兄、それにシラヌイに狐正信、これだけいるのに怯える必要なんて無いでしょう? 水中で呼吸の出来る私と兄が海に潜り、後方から
「相変わらず大雑把だなぁ、耀子は……」
「じゃぁ、テツには、何かいいアイデアでもあると言うのか?!」
二人がいつもの言い合いを始めそうだったので、正信が間に入る。
「まあまあ。確かに安易だが、悪くは無いと思うよ。水中戦は君たち二人が最適だしね。『虎穴に入らずば虎児を得ず』とも言うから、敵の正体の確認も兼ねて、ちょっと揺さぶってみようじゃないか?」
「分かったよ。じゃ、それを参謀会議で検討してみよう」
新田参謀も賛同した。だが……。
「不要ですわ……」
「どうしてだい?」
「だって、私、AIDSのメンバーではありませんもの……。勝手に始めますわ」
耀子の台詞に、一瞬、皆言葉を失ってしまう。だが、新田参謀がまず大笑いを始め、その耀子の作戦行動実施を承諾した。
「確かに、その方が良いかも知れん。『二人が素手で湖に潜る作戦』とか会議で言ったら、俺の参謀としての地位が危なくなる。下手したら、ボケを疑われてしまうよな……。じゃ、また君たちに頼ることになっちまうが、怪獣の姿を拝ませてくれ。頼んだぜ」
「分かりましたわ」と耀子……。
「了解です」と、純一もそう答えた。