早打ちの男(2)
文字数 1,778文字
こうして、宮ノ下の温泉を充分堪能した彼らは、温泉施設にある昔懐かしい遊技場へと移動したのである。
「純一、次これやろうぜ」
通常、大人は子どもに対し、自分の要求を無理にぶつけたりはしない。純一少年はそれがあった為、彼だけの世界に籠っていても、大人の気遣いと云うやつにより、誰にも邪魔されず孤独に過ごすことが出来た。
だが、子供じみた鵜の木隊員の強引な誘いには、純一少年の頑なガードも、徐々に崩されつつある。
「鵜の木隊員、今度は何ですか?」
「これだよ、これ……」
「は?」
「俺の得意な『早打ちマック』さ……」
この『早打ちマック』とは、実弾拳銃を撃つ遊技施設で、6発の弾丸を入れた銃で三人の敵を打ち倒すゲームだ。3ヶ所の陰から出る人間型パネルをいかに早く撃つかを競い、パネル登場から弾丸の命中までをコンマ01秒単位で平均計測して表示してくれる。
勿論、安全のため、競技者は防弾ケース内で囲われた競技スペースでゲームし、銃はこのスペースから出せない様にワイヤーが付けられている。また、自殺や犯罪防止用にヘッドホン付きのヘルメットと防弾チョッキの装着が義務付けられて、係員にそれを装着して貰い、やっと競技スペースに入ることが許されるのだ。
純一少年は基地内での拳銃の所持を禁止されていた。これは、基地外も当然禁止であるとの暗黙の了解の上に成り立つものだったのだが、鵜の木隊員も純一少年も、そんなこと、完全に無視して休暇を楽しんでいる。
「純一は銃を撃ったこと、あるか?」
「それ位ありますよ……。僕だって結構早いですよ」
「お、言ったな。俺は拳銃が撃てるってんでAIDSに入隊した男なんだぜ。なんたって、俺の小さい頃は西部劇ってのが流行っていて、アメリカものの他に、マカロニウエスタンとか、色んな映画がそこらじゅうで上映されていたんだ。
話が単純でさ、すごい悪い奴がいて無法を働くんだ。それを正義の味方のガンマンが早打ちで倒すって話よ。俺も結構早打ちに憧れて、『俺がジェンマだぞ』なんか言って、早打ちごっこをやったもんだったぜ……」
「で、AIDSで一番の早打ちになったって訳ですか?」
「一番かどうかは知らないけどな……。
でも、AIDSで撃つのは殆ど銃ではなく、エアレイのミサイルだった。銃で撃ったとしても、相手は無法者ではなくて宇宙人。その宇宙人だって、必ずしも悪い奴と云う訳でもなく、大体が上官に命令された哀れな戦士。そいつにも親がいて、家族がいて、そいつの帰りを待っているんだ。
だから俺は、何を撃つのが好きかって聞かれたら、缶カラ、素焼きの円盤、『早打ちマック』のパネル……って答えるんだ。単純に楽しいしな……。
って、つまらねえこと言わすんじゃねぇ。俺から先やっぞ!」
鵜の木隊員は、照れ隠しに大声を出し、空いている『早打ちマック』に並びに行った。
彼は自称早打ちを豪語するだけあって、この競技での成績は、平均0.23秒。3発の弾丸だけでゲームを終えている。
その後に、純一少年。1発外して4発の弾丸で、平均0.46秒。
彼が帰って来るなり、鵜の木隊員が嬉しそうに純一少年に声を掛けた。
「俺の勝ちだな、純一」
「今のは、弾が曲がって1発外したからです。外さなければ微妙でした。もう一回やらせてください」
純一少年は再度、今の『早打ちマック』の列に並び、競技をやり直した。しかし、外しはしなかったものの、3発の弾丸で、平均0.35秒掛かってしまう。
「やっぱり、俺の勝ち」
「おっかしいなぁ。もう一度」
「もう止めときな、手が痺れて来ただろ?」
確かに純一少年は手が痺れてきていた。しかし、どうにも悔しくて堪らない。
「そうだ。この近くに僕の知り合いがいるんです。奴は早いですよ。ちょっと呼んで来ますから5~6分待っていてください」
純一少年はそう言うと、ホテルの外の方へと走って行ってしまった。
「よっぽど悔しかったんだな。ちょっと大人気なかったか? こんな処に5~6分で呼べる友達なんて、いないだろうが?」
純一少年の走って行く後ろ姿を見送って、鵜の木隊員は頭を掻きながら、そう呟くのだった。