要家の事件(1)

文字数 2,639文字

 朝から陽の落ちる時刻まで、その日は冷たい雨が降り続いていた……。

 南多摩郡高幡不動町の小学校の校門前で、純一少年は傘を差しながら、一人の少女が下校するのをじっと待っていた。
 その子が校門から出てきたのは、3時を回った頃だろう……。
 彼女は、友達とおしゃべりをしながら、純一少年の脇を傘を傾けてすり抜けた。その時、彼女をずっと見ていた純一少年の顔を、彼女もチラッと見たのだが、直ぐに友達とのおしゃべりに戻り、そのまま何事も無いかの様に歩き去って行ったのである。

 その少女の名は要曜子。多摩郡高幡不動町に両親と三人暮らしで生活している小学生だ。尚、彼女に兄はいない……。

 純一少年が、その少女の存在に気付いたのは全くの偶然のことである。彼女の姿が写っている写真をネットで見つけ、そこから彼女の名前(この名前は、実は想像に難くなかった)、住所、家族構成を割り出したのだった。正直、そんな写真だけでそこまで調べられるとは、純一少年も驚きと共に、社会への不安を抱かずにはいられない。
 純一少年は、確かに彼女に逢いに来たが、彼女は純一少年に目もくれない。
 当然だ。彼女は純一少年のことなどは、何も知らないのだから……。そして、それも純一少年には分かり切ったことだった。

 結局、純一少年は彼女を確認しただけで、少女に声を掛けることもなく、その場を後にした。しかし、それでも純一少年にとって、この世界に要曜子がいることは嬉しいことに違いなかった……。
 例え、彼女が単なる人間であって、兄のいない一人っ子だったとしてもだ。

 翌日、蒲田隊長から、彼に面会に来た人物が原当麻基地食堂で待っていると純一少年は聞かされる。そして、その二人とは、警察関係の人だと云うのだ……
 純一少年は、直ぐ様、食堂の一角、観葉植物とパーティションに囲われた外来者向けのテーブル席へと向かった。
 そこには、二人の私服警官がコーヒーを前に彼を待っていた。純一少年は一声掛けてから、二人の向かいの席に腰を降ろす。

「お待たせしました。僕が新田純一です」
「お呼び立てして申し訳ありません。警視庁捜査一課の武隈と申します」
「同じく君島です」
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
 武隈という年嵩の方の刑事が、純一少年にその質問の答えを返した。
「率直に申します。昨日から一人の少女の行方が分からなくなっていまして、新田さんが何かご存知ではないかと……」
「昨日、君は一人で基地を抜け出して、高幡不動まで行っているよね……。何をしにそんなとこまで行ったんだい?」
 君島と云う刑事も言葉を添える。
「僕は一人の少女を見に行ったんです……。
 ま、まさか耀子が、要曜子ちゃんが、行方不明なんですか?!」
「新田さんは、要曜子と云う女の子を知っていることを認めるのですね……。
 もし良かったら、その辺の話も署の方で聞かせて頂けませんか?」
「隊長の許可さえ下りれば構いませんよ」
「実は蒲田隊長からは、もう許可は貰っているんですよ」
 どうやら二人の刑事は、最初から純一少年の任意同行を求めて原当麻基地にやって来ていたようだ。そうであっても、純一少年は一向に構わないと思った。

 取調室は普通のオフィス机と椅子があり、純一少年が座った向かいには、先程の武隈、君島両刑事が陣取り、部屋の隅には別の刑事が立ったまま純一少年の事情聴取に耳を傾けていた。
「新田さん、ここでの私たちの会話は、あのモニタで録画されています。我々が強引な事情聴取をしない為の物なのですが、あなたも冗談だとしても、不用意な発言はしないでくださいね。それがあなたに、不利な証拠とされることもあり得ますから……」
「もう容疑者扱いですね……。あ、いいですよ、早く始めましょう」
「済みません。我々も、そう云う状況が多いものですからね……。失礼があったらお許しください。でも、こういう事件は、スピードが肝心なんですよ……。そう云う訳で、早速質問させて貰いますよ……」
「はい」
 尋問は、主に武隈刑事が担当するようだ。
「あなたは昨日、高幡不動町にある六天磨央小学校の校門に、2時過ぎからずっと立っていましたよね? 何人もの人が、あなたがいたことを証言しています」
「ええ、いましたよ。あの少女を見たかったので、校門前で待っていたのです」
「ありがとう。手間が省けます。では……、こちらの調べたことを言いますので、間違いがあったら指摘してください。その方が速いでしょう」
 純一少年は承諾の意志を示した。
「では、始めます。あなたはネットで彼女に関することを調べていますよね。最初はあの近辺にある幾つかのお店、そして六天磨央小学校とその辺りにある幼稚園、保育園、そして要曜子ちゃんのこと、ご家族、そして住所。で、私たちは一つの仮説を立てました。これからそれをお話します。但し、あくまで仮説です。間違いもあるでしょうし、失礼なこともあるかと思います……。その点はご容赦ください」
「面倒臭いなぁ……。いいから、早く始めてくれませんか……」
「失礼しました。では……。新田さん、あなたは偶然か、何かのヒントがあったのか、要曜子ちゃんが写っている、とある写真をあるブログから見つけました。
 彼女に興味を持ったあなたは、彼女のことを知りたいと思い、まずそのブログの内容から大体の地域を特定しました。そして、写真に写っていたお店を検索し、その近くの小学校、保育園などを調べ、彼女の名前などを特定したのではないかと思っています。
 その後、どこかで流出したであろう名簿からか、彼女のご家族、住所をお知りになったのではないでしょうか?
 あなたはそうまでして、この少女、要曜子ちゃんに興味を持っている……。そして昨日は、彼女の姿を見るために、態々高幡不動までやってきて、校門の前で、1時間近くも待っている。しかし、にも関わらず、あなたは曜子ちゃんに一言も声を掛けていない……。彼女の方も、あなたのことを特別気にしていはない……。あ、これは、途中まで一緒に帰った彼女の友達の証言なんですけどね……」
「良く調べましたね……。全部、ご想像の通りですよ」
「どうして、そこまで、あなたは彼女に興味があるのですか? 相手は写真で見かけただけの少女だと云うのに……」
「それは説明が難しいですねぇ……。
 僕がロリコンと云う訳ではないですよ。どちらかと言うと、僕は年上が好みかな……」
 すると、突然、脇に立っていた、もう一人の刑事が話に加わってきた。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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