止まっていた時計(9)

文字数 2,242文字

 純一少年が怪獣に食べられたショックで、今にも泣きだしそうな美菜隊員に、沼藺(ぬい)が彼の無事を説明する。

「大丈夫ですよ、美菜さん。要君はそんなに弱くないですから……」
 耀子も言葉を添えた。
「ええ、大丈夫。心配いりませんわ。兄はウミヘビに飲まれた1時間後に、自力で脱出したこともありますから……。
 でも、助けに行った方がいいかしらね? 作戦としては面白いけど、兄一人じゃ、ちょっと厳しいものね……。
 じゃ、今から私も行ってきます。沼藺(ぬい)と正信は少し待っていてね」

 耀子はそう言うと、そのまま脱出ハッチの方へと歩いて行こうとする。それを沼部隊員が呼び止めた。
「耀子さん、あなたも隊員服を着ていった方がいい。流石に、スーツとスカート姿じゃ闘い難いでしょう?
 奥の更衣室に予備の隊員服があると思います。それを使ってください」
「ありがとうございます。では、そうさせて頂くわ……」
 沼部隊員の申し出に、耀子はニッコリと頷いて答え、更衣室の方へと中央デッキから出て行った。

 皆がそんな耀子に気をとられている間に、正信がモニタを指さして声を上げる。
「美菜さん、見てごらんなさい。鉄男君、じゃなかった、純一君の攻撃で、レビアタンの体が水面に浮かび上がってきていますよ」
 モニタの一つが、体をくねらせながら湖の中央で藻掻いている巨大魚の姿を大きく映し出していた。それは、地面から引きづり出され、苦しそうにしているミミズの姿に似てなくもない。

「それじゃ、行ってきますわ」
 そこには、隊員服のズボンとブーツを身に纏った耀子が立っていた。
「耀子さん……。上半身が、ブラだけ何ですけど……」
 そう鵜の木隊員が、情け無さそうな声を上げる。確かに、耀子の上半身には、ブラジャーしか身に付けられていない。
 しかし、耀子は、その理由を口では答えなかった。その代わり、彼女の背中、肩甲骨の辺りから、黒くて細長い羽根がずいと伸びていく。『シャツを着たら邪魔でしょ?』と言わんばかりに……。

 さて……。
 耀子は、純一少年の様に、真逆さまに降下はしない。羽根を広げ、左右のバランスを微妙に変え、左、右と滑空するようにジグザグと降下していく。
 一方、降下先の湖の方では、もう既に、レビアタンが、身体の全体を水面にまで浮かび上がらせていた。彼はもう、潜ることすら出来ないのだ。
 そしてタイミングを見計らい、耀子もレビアタンが口を開けた瞬間に、その口の中へと飛び込んで行った。

「あらあら……、耀子ちゃんも食べられちゃったわね……」
 沼藺(ぬい)が淡々と状況を説明する。勿論、それで耀子が倒されたとは、毛の先ほどにも思ってはいない。しかし、美菜隊員としては気が気でない。
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ、今のは態とだもん」

「見てごらんなさい……。あれが、あの二人の作戦の様ですよ……」
 正信がモニタを指さし、ここにいた全員に悪魔二人の意図を説明し始めた。そのモニタには頭を水面から出したレビアタンが苦しそうに藻掻いている。
「私は、彼らが怪獣の体内から攻撃するものだとばかり思っていました。でも、どうやら、それは間違いだった様です。
 彼らは、レビアタンを湖から引きずり出して、鮟鱇を捌くみたいに、吊るし切りを私と沼藺(ぬい)様にさせる心算の様です。確かに、そうすれば、奴がどんなに地面を海に変える能力があったとしても、空までは海に出来ませんからね……」

 モニタの中のレビアタンは、体をくねらせながら段々に、見えない糸に釣り上げられる様に上へ上へと引き上げられていく。
「とは言っても、これは上手くいくのかなぁ? 確かに……、体を軽くしてしまえば、風船のように浮き上がるでしょう。そして、いくら奴が暴れても、軽い体じゃ大した影響はないでしょう。でも、軽いと云うことは、慣性が小さいと云うことでもあるのですよ。そんな状態の相手を、私たちは斬ることが出来るのでしょうかね?」
「正信、それは、どういう事かしら?」
沼藺(ぬい)様、つまり怪獣に斬りつけても、反動で相手が飛んでいってしまうと云うことです。丁度、空中に舞っているティッシュペーパーに拳を振るう様に……」
「それだったら、私の狐火『紫陽花灯籠』で、炙り焼きにすればいいわ。それなら相手の軽さを気にすることはないでしょう?」
「お二人ごと、こんがりとローストするお心算ですか?」
 それを聞いて、沼部隊員機のAIDSメンバーもハっとした。彼らの攻撃も結局、あの二人を攻撃することになるのだ。
「そうですね、無限の切れ味のある、耀子ちゃんの布津御魂剣(ふつみたまのつるぎ)でもあれば、紙の様に軽くても斬れるかも知れません。ですが、やはり刃渡りが短すぎます。出来れば、鉄男君の韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)が欲しいところですかね……」

 二人の会話に、少々ついて行けない鵜の木隊員だったが、知っている単語が出てきたので会話に加わってみる。
韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)? あの玩具の刀のことか? あんな、紙すら切れないペーパーナイフで、どうするんだ?」
「ほう、鉄男君は、ここでは、あの剣を使ったことが無いのですね……」
 それには沼部隊員が答える。
「いや、使いましたよ。正確には、我々に使わせたと云うべきですが……。あの剣で、この世界を滅ぼそうとした大悪魔を、吸収して倒したのです」
「それは、あの剣の一面に過ぎません……。彼の最大の技は、韴霊剣(ふつみたまのつるぎ)を使って繰り出す、『一つの太刀』と呼ばれる剣技なのですから」
「そんなの見たことないな……」
「それを使う相手が、この時空には、いなかったと云うことですよ……」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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